力の叛逆人で
厭世の、猥弱の、虚無の冒涜を知つてるばかりだ。
ああ逃げ道はどこにもない
おれらは絶望の逃走人だ。


 僕等の親分

剛毅な慧捷の視線でもつて
もとより不敵の彼れが合圖をした
「やい子分の奴ら!」
そこで子分は突つぱしり 四方に氣をくばり
めいめいのやつつける仕事を自覺した。

白晝商館に爆入し
街路に通行の婦人をひつさらつた
かれらの事業は奇蹟のやうで
まるで禮儀にさへ適つてみえる。
しづかな、電光の、抹殺する、まるで夢のやうな兇行だから
市街に自動車は平氣ではしり
どんな平和だつてみだしはしない。
もとより不敵で豪膽な奴らは
ぬけ目のない計畫から
勇敢から、快活から、押へきれない欲情から
自由に空をきる鳥のやうだ。
見ろ 見ろ 一團の襲撃するところ
意志と理性に照らされ
やくざの祕密はひつぺがされ
どこでも偶像はたたきわられる

剛毅な 慧捷の瞳《ひとみ》でもつて
僕等の親分が合圖をする。
僕等は卑怯でみすぼらしく 生き甲斐もない無頼漢《やくざ》であるが
僕等の親分を信ずるとき
僕等の生活は充血する
仲間のみさげはてた奴らまでが
いつぽんぶつこみ 拔きつれ
まつすぐ喧嘩の、繩ばりの、讐敵《かたき》の修羅場へたたき込む。

僕等の親分は自由の人で
青空を行く鷹のやうだ。
もとより大膽不敵な奴で
計畫し、遂行し、豫言し、思考し、創見する。
かれは生活を創造する。
親分!


 涅槃

花ざかりなる菩提樹の下
密林の影のふかいところで
かのひとの思惟《おもひ》にうかぶ
理性の、幻想の、情感の、いとも美しい神祕をおもふ。

涅槃は熱病の夜あけにしらむ
青白い月の光のやうだ
憂鬱なる 憂鬱なる
あまりに憂鬱なる厭世思想の
否定の、絶望の、惱みの樹蔭にただよふ靜かな月影
哀傷の雲間にうつる合歡の花だ。

涅槃は熱帶の夜明けにひらく
巨大の美しい蓮華の花か
ふしぎな幻想のまらりや熱か
わたしは宗教の祕密をおそれる
ああかの神祕なるひとつのいめえぢ[#「いめえぢ」に傍点]――「美しき死」への誘惑。

涅槃は媚藥の夢にもよほす
ふしぎな淫慾の悶えのやうで
それらのなまめかしい救世《くぜ》の情緒は
春の夜に聽く笛のやうだ。

花ざかりなる菩提樹の下
密林の影のふかいところで
かのひとの思惟《おもひ》にうかぶ
理性の、幻想の、情感の、いとも美しい神祕をおもふ。


 
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