蝶を夢む
萩原朔太郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)翼《はね》を

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)南無童貞|麻利亞《まりや》

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(例)※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]
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  詩集の始に

 この詩集には、詩六十篇を納めてある。内十六篇を除いて、他はすべて既刊詩集にないところの、單行本として始めての新版である。
 この詩集は「前篇」と「後篇」の二部に別かれる。前篇は第二詩集「青猫」の選にもれた詩をあつめたもの、後篇は第一詩集「月に吠える」の拾遺と見るべきである。即ち前篇は比較的新しく後篇は最も舊作に屬する。
 要するにこの詩集は私の拾遺詩集[#「拾遺詩集」に白丸傍点]である。しかしながらそのことは、必しも内容の無良心や低劣を意味しない。既刊詩集の「選にもれた」のは、むしろ他の別の原因――たとへば他の詩風との不調和や、同想の類似があつて重複するためや、特にその編纂に際して詩稿を失つて居た爲や――である。現に卷初の「蝶を夢む」「腕のある寢臺」「灰色の道」「その襟足は魚である」等の四篇の如きは、當然「青猫」に入れるべくして誤つて落稿したのである。(もし忠實な讀者があつて、此等の數篇を切り拔き「青猫」の一部に張り入れてもらへば至幸である。)とはいへ、中には私として多少の疑案を感じてゐるところの、言はば未解決の習作が混じてゐないわけでもない。むしろさういふのは、一般の讀者の鑑賞的公評にまかせたいのである。
 詩集の銘を「蝶を夢む」といふ。卷頭にある同じ題の詩から取つたのである。

   西暦千九百二十三年[#地から3字上げ]著者
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蝶を夢む 詩集前篇
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この章に集めた詩は、「月に吠える」以後最近に至るまでの作で「青猫」の選にもれた分である。但し内八篇は「青猫」から再録した。
[#ここで字下げ終わり]
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 蝶を夢む

座敷のなかで 大きなあつぼつたい翼《はね》をひろげる
蝶のちひさな 醜い顏とその長い觸手と
紙のやうにひろがる あつぼつたいつばさの重みと。
わたしは白い寢床のなかで眼をさましてゐる。
しづかにわたし
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