いもうとよ、
なんぢの信仰を越えて兄を愛するとき、なんぢのもろ手を合せてくれ。遠い故郷《ふるさと》から、兄の眞實のために聖母のまへに合掌して祈つてくれ。

秋だ、
すべて私を信頼し、私を愛するもののために、私はかぎりなき涙を流す。
いぢらしい私の涙は遠く別れた同性の友のうへにもながれる。
友を思うて都の高臺にいちにちを泣きくらす。松の青葉に晴れすぎし天景のおもひでにさへさしぐむものを。
いもうとよ、
光る兄の靴からかずかぎりなき私の旅行記念を吸つてくれ、
魚に似たる手をもつて私の哀傷を擽つてくれ、
けふちちははの家にかへらば、あした遠い都に兄の生きた墓場をきづいてくれ、
菊の、光る、感傷の、純金の墓場をきづいてくれ、
妹よ、
兄の肉と血をもつて爾の愛人にはなむけするな、
兄の身は疾患頽唐のらうまちずむ[#「らうまちずむ」に傍点]、
兄の靈智は遠いけちえんの墓石に光るラヂウム製の青い螢だ、
妹よ、祈る。
とりわけてなんぢのをさな兒のうへにも榮光あれかしと。


 感傷詩論

感傷至極なれば身心共に白熱す、電光を呼び、帷幕を八裂するも容易なり。

天使も時に哀しめども蛇は地上に這ひて泣か
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