を通して、侘しく床の上に流れて居ます。
そして力のない冬の蠅は、ぶむぶむといふ羽音をたてて室内を飛び※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]つて居ます。
いま白い寢臺の上に、悲しい「死」が横はつて居る。
ここに人間の安息日があります。
その人の心臟は腐れ、その人の魂はすやすやと眠つて居ます。
げに私はふらんねるをきて眠つてゐる疲れた心臟の所有者です。いぢらしくも頽廢した人間の死骸です。
この白い寢臺の枕もとに寄りそつて、一人の物思はしげな少女が立つてゐる。この少女こそ、私の氣高き心の戀びとです。
「戀びとよ」私の眠れる心臟は、彼女に向つてかう呼びかけます。もちろん、それは現實の戀びとではありません。それは私の心にいつも悲しく描いてゐる夢想の愛人の姿です。
彼女は私の枕もとに坐つて、深くなにものかを凝視して居ります。恐らくそこには凍りついたひとつの心臟と、青ざめた病氣の神經との陰影を視るのでせう。
しだいに彼女の心は、深い憂愁のためいきから、不思議な明るい幻想の悦びに變つてきました。
いつしか彼女の美しい瞳には、涙がいつぱいになつて頬の上をながれてきました。
ほんとに彼女は、私
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