死を樂しめ、理窟なしに。」
私はかう唄つた。
いま私は求める、生き甲斐もない我が身をして、新らしい土地にかへす所の墓場を。
私は愛する、しめやかな鎭魂樂の響と、冬の日の窓にすがりつく力のない蠅の羽音を。
私は眠る、私は疲れた。
そこには、あまりに空虚な幻象の哲學と、あまりに神經質なる焦心の休息がある。
とりわけ私は退屈した。ああ「退屈」なんといふ恐ろしい言葉だ。君はこの言葉のもつ底氣味の惡い微笑を知るか。あのニイチエを憑き殺した此の幽靈の青ざめた姿を見るか。
「愛」それは今の私に殘された、ただ一つの祈祷である。私の信ずるただ一つのキリスト、ただ一つの神祕である。(「愛」の奇蹟を私に教へた者はドストイエフスキイであつた。若し私があの驚くべき神祕に充ちた書物「カラマゾフの兄弟」を讀まなかつたならば、私は今日救ふべからざるデカダンとなつて居たにちがひない。)
とはいへ、私の求愛の道はあまりに遠く、あまりに陰鬱でしめりがちである。
私の魂は疲れがちで、ともすれば平易な墓場の夢を追ふに慣れ易い。
私に就いて、君が私の思想の頽廢を責めたのはよい。
私もまた、私自身のさうした惡傾向にはたまらない不快
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