は寧ろ悲しむべきことだ。
私は恐れてゐる。私もまた世の多くの虚無思想家が墮ち入るべき、あの恐ろしい風穴の前に導かれて來たのではないかと。(神を信じない人間の運命は皆これだ。)
想へば、長い長い年月の間、私は愚劣な妄想によつて牽きずられて居た。
私の過去の淺ましい求道生活をば、私は何に譬へよう。
それは丁度、意地のきたない、駄馬の道行であつた。この悲しい一疋の馬は、あてもない晩餐の幸福と、夢想の救命とを心に描きながら、性急な主人の鞭の下にうごめいて居た。
しかし意地のきたない動物の本能として、絶えず路傍の青草を食ひ散らしながら。
天氣はいつも陰鬱で、空はいつも灰色に曇つて居た。遂にこの悲しむべき旅行の薄暮がきた。
今こそ私はすべてを知つた。すべての生物の上に光るところの恐ろしい運命の瞳をみた。孤獨の道は遠く、人生の墓場は遂に幻影の既死に終るべきことを知つた。
いま私は瞳をとぢて、靜かな、靜かな、人間の葬列を想ふ。
その葬列の流れゆく行方を想ふ。
所詮は疲れた駄馬の幸福である。
馬よ、愚かな反抗とその焦心を捨てよ、その時お前はどんなに幸福であるか。
「生を樂しめ、理窟なしに。しからずんば、
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