間とは、しをらしい小心の子供である。
自分の心だけでは思つても、人のまへでは言へないことがある。それを言はずにゐる心根がいぢらしいのだ。よい人間とは、どんな場合にも「おひと好し」でなければならない。自分自身に對して臆病な「おひと好し」でなければならない。
かりにもわが心に問うて「恥かしい」と思ふやうな醜いことを、人は決して言葉に出して言つてはならない。
しづかに太陽は空をめぐつてゐる。
悲しい野末の墓石が風にふかれてゐる。
そのつめたい石の下には、ほそながい人間のからだが、あふむけに寢てゐる。そのからだの上には重たい土がある。土の上には青い空がひるがへつてゐる。眠るひとは、墓の下で雙手を胸の上に組みあはせて眠る。
かうして時はすぎる。
かうして、さまざまの人の心の奧底にふかくかくされてゐたあらゆる祕密が、とこしへに闇から闇へと葬られる。
私はけふも野末の墓場をおとづれた。
さうして私は、けふもまたあの不思議な老人の姿をみた。
つめたい墓場の石の上に老人は坐つてゐた。
まいにち、同じところで、あの老人はなにをあんなに考へこんでゐるのだらう。
わたしは、あるとき思ひきつてそれをたづねてみた
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