虚の心に、ただ一つ何とも分らない謎が殘つて居た。
その謎は一種の『力』であつた。しかもそれは以前の自分には全くなかつたところのものであつた。
月光の夜に捉へた青い鳥は、日光の下には影も姿もなく消えうせて居た。そして子供は何にもない空を、いつしよけんめいで握つてゐた。子供は全く失望した。けれどもその時から、子供の心には一種の感覺が殘された。それは青い鳥をにぎつた瞬間の、力強いコブシの感覺である。
私の空虚の心に殘された唯一のものが、矢張それであつた。『握つた手の感覺』であつた。
この感覺の記憶が、私に一種の新らしい勇氣と力とをあたへるのである。
若しもあのサタンが、曾て一度でも天國に住んで居た經驗がなかつたならば、サタンはあれほどまで執拗にその野心についての確信と勇氣とを保持してゐることは出來ないであらう。
『握つた手の感覺』は今でも私に、新鮮な勇氣と希望とをあたへる。いつかは[#「いつかは」に傍点]自分も『幸福』を體感することが出來るにちがひない。いつかは[#「いつかは」に傍点]自分もほんとの『愛』を知ることができるにちがひない。そして必ずいつかは[#「いつかは」に傍点]『神
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