な力が湧いてきたのだ。この奇異な感覺は、そのときから三日ばかりもつづいた。この三日の間といふもの私は生れてから經驗のない絶大な幸福をかんじてゐた。
ところが一週間とたたないうちに、白熱した金屬が外氣にふれるやうに、だんだん私の精神状態が舊にかへつて行つた。『神』だと信じた先生が『偉大なる人間』に變つてきた。そして私の白熱した信仰體は、一種の偉人崇拜體に化してしまつた。それはもちろん赤熱したものであつたとはいへ。
私は急に見捨てられた人のやうな寂しさを感じはじめた。それは醉からさめた寂しさでもあつた。その當時、悦びで有頂天になつた自分の姿が、あさましくも馬鹿らしくも思はれた、『あれはやつぱり一種の病熱からみた幻影にすぎなかつたのぢやないか』『あれは何でもない錯覺の類ぢやないのか』『自分は喜劇を演じたのぢやなかつたか』かういふ疑問が私を皮肉的に嘲笑し始めた。私は二度、絶望と懷疑の暗い谷底へ投げこまれてしまつた。
その暗い谷底で、私は髮の毛を握つて齒をくひしめた。もうとても助からない、駄目だ、と言つた。私は正に觀念の眼をとぢようとした。けれども不思議なことには、すべてを投げすてた私の空
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