ういふ醜惡な病癖や、異端的の思想が長い長い間、私を苦しめた事は眞に言語に絶して居る。自己を極端に憎むことから私は一切のものを憎んだ、私は何物に對しても愛をかんずることが出來なかつた、『愛』なんてものに就いては考へて見ることすらもできなかつた)。
『お前の罪が許された』この言葉が電光の如く私の心にひらめいたのは、ほんの思ひがけない一瞬時の出來事であつた。『罪が許された』といふことの悦びが、どんなに深酷なものであるかといふことは、到底、私のぶつきら棒[#「ぶつきら棒」に傍点]の筆では書き現はすことは出來さうもない。ただ私はやたら無性に涙を流したばかりだ。
 そして此の聲の主はドストヱフスキイ先生であつた。何ういふわけでそれがドストヱフスキイ先生の聲であつたか、私自身にも全くわけ[#「わけ」に傍点]がわからない。ただ私の心がその聲をきいた刹那(それは電光のやうに私の心をかすめて行つた)うたがひもなくあの大詩人の聲であるといふことを直覺したのだ。
(私にはこれに似た經驗が、以前にもたびたびある、私の詩はたいてい此の不可思議な直覺からきたものである)。
 この刹那から、私は全く信仰状態におち入つ
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