さくらはな咲けども終日いのりて出でず。
ときに私の心靈のうへを、血まみれになつた生物の尻尾が、かすめて行く。それだけをみとめる。しんに奇蹟とは一刹那の光である。
いよいよ微かになり、いよいよ細くなり、いよいよ鋭くなり、いよいよ哀しみふかくなりゆくものを、いまこそ私はしんじつ接吻する。指にふれ得ずして、指さきの纖毛に觸れうるものの感覺に、私の心靈は光をとぎ、私のせんちめんたるは錐のごとくなる。
ああ、しかし、いまは一本のかみ[#「かみ」に傍点]の毛にさへ、全身の重量をささへうることの出來るまでに、あはれな病人の身體は憔悴してしまつた。
私はいまそれを知らない。
何故にこの部屋の天井が、いちめんにねずみの巣となつたかを知らない。
ただ、私は私の左の手の食指から、絹糸のやうなものが、いつもたれさがつて居るのをいつしんふらんにみつめて居る。
いちにち、瓦斯すとほぶ[#「すとほぶ」に傍点]の火は青ざめて燃えあがり、密房の壁には、しだいしだいに怖ろしいものの形容を加へてくる。
今こそ、私は祈らねばならぬ。
齒をくひしめ、くちびるを紫にしていのらねばならぬ。
ああ、ねずみ巣をかけ。密房の家根裏
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