せる懺悔者の背後には美麗なる極光がある。
地平を超えて永遠の闇夜が眠つて居る。
恐るべき氷山の流失がある。
見よ、祈る、懺悔の姿。
むざんや口角より血をしたたらし、合掌し、瞑目し、むざんや天上に縊れたるものの、光る松が枝に靈魂はかけられ、霜夜の空に、凍れる、凍れる。
みよ、祈る罪人の姿をば。
想へ、流失する時劫と、闇黒と、物言はざる刹那との宙宇にありて、只一人吊されたる單位の恐怖をば、光の心靈の屍體をば。
ああ、懺悔の涙、我にありて血のごとし、肢體をしぼる血のごとし。


 鼠と病人の巣
       密房通信

しだいに春がなやましくなり、病人の息づかひが苦しくなり、さうしてこの密房の天井はいちめんに鼠の巣となつてしまつた。

鼠、巣をかけ。鼠、巣をかけ。
うすぐらい天井の裏には、あの灰色の家鼠がいつぱいになつて巣をかけてしまつた。
巣がかかる、巣がかかる、ああ、天井板をはがして見れば、どこもかしこも鼠の巣にてべた[#「べた」に傍点]いちめんである。

みよ、ひねもす、この重たい密房の扉から、私の青白い病氣の肉體が、影のやうに出入し、幽靈のやうに消滅する。

祈りをあげ、祈りをあげ、
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