もの」に傍点]の手である。
手は突如として空間に現出する。時として壁或は樹木の幹にためいき[#「ためいき」に傍点]の如き姿を幻影する。
手は歴歴として發光する。
手はしんしんとして疾患する。
手は酸蝕されたる石英の如くにして傷みもつとも烈しくなる。
手は白き金屬のごときものを以て製造され透明性を有す。
われの手より來るところの恐怖は、しばしばその手の背後に於て幽靈をさへ感知する。
微笑したるところの幻影であり、沈默せる遠きけちえん[#「けちえん」に傍点]の顏面であることを明らかに知覺するとき我は卒倒せんとする。
我はつねに『先祖』を怖る。


 危險なる新光線

疾患せる植物及び動物の脊髓より發光するところの螢光又はラジウム性放射線が、如何に我我の健康に有害なるかを想へ、斯くの如き光線は人身をして糜爛せしめ、侵蝕せしめずんば止まず。新らしき人類をして悲慘なる破滅より救助せしめんがため、科學者は新らたに發見を要す。


 懺悔者の姿

懺悔するものの姿は冬に於て最も鮮明である。
暗黒の世界に於ても、彼の姿のみはくつきり[#「くつきり」に傍点]と浮彫のごとく宇宙に光つて見える。
見よ、合掌せる懺悔者の背後には美麗なる極光がある。
地平を超えて永遠の闇夜が眠つて居る。
恐るべき氷山の流失がある。
見よ、祈る、懺悔の姿。
むざんや口角より血をしたたらし、合掌し、瞑目し、むざんや天上に縊れたるものの、光る松が枝に靈魂はかけられ、霜夜の空に、凍れる、凍れる。
みよ、祈る罪人の姿をば。
想へ、流失する時劫と、闇黒と、物言はざる刹那との宙宇にありて、只一人吊されたる單位の恐怖をば、光の心靈の屍體をば。
ああ、懺悔の涙、我にありて血のごとし、肢體をしぼる血のごとし。


 鼠と病人の巣
       密房通信

しだいに春がなやましくなり、病人の息づかひが苦しくなり、さうしてこの密房の天井はいちめんに鼠の巣となつてしまつた。

鼠、巣をかけ。鼠、巣をかけ。
うすぐらい天井の裏には、あの灰色の家鼠がいつぱいになつて巣をかけてしまつた。
巣がかかる、巣がかかる、ああ、天井板をはがして見れば、どこもかしこも鼠の巣にてべた[#「べた」に傍点]いちめんである。

みよ、ひねもす、この重たい密房の扉から、私の青白い病氣の肉體が、影のやうに出入し、幽靈のやうに消滅する。

祈りをあげ、祈りをあげ、
前へ 次へ
全34ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
萩原 朔太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング