−12−11]した炎燃リズムである。色には七色ある。理智、信條、道理、意志、觀念、等その他。

光の中に色がある。

光から色を分析するためには、分光機が必要である。
然もさういふ試驗は理學者にのみ必要である。(貧弱な國家には完全な分光機を持つた學者すらも居ない。)我我は光を光として感知すれば好い、何故ならば、光は既に光そのものであつて色ではない。

色は悉く概念である。

盲目は光を感知しない、――或は感知しても自ら氣がつかない――。
盲目は形ある物象以外のものを否定する。

白秋氏の詩に哲學がないと言つた人がある。無いのではない、見えないのだ。

色が色として單に配列されたものは、哲學である、科學である、思想である、小説である。
色が融熱して※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]轉を始めたときに、色と色とが混濁して或る一色となる。けれども夫れは色であるが故に尚概念である。すなはち感傷の油を差して一層の加速度を與へた場合に始めて色は消滅する。すなはち『光』が生れる、すなはち『詩』が生れる。

熱は眞實[#「眞實」に傍点]である、光は感傷[#「感傷」に傍点]である。

色が色として見えるやうなものは光でない、物體である。斷じて詩ではない。

     * * * *

螢の光[#「光」に白丸傍点]は戀である。
女の美[#「美」に白丸傍点]は淫慾である。
あらゆる生物のパツシヨンは光[#「光」に白丸傍点]である。けれどもあらゆる光[#「光」に白丸傍点]が必ずしもパツシヨンではない。

聖人の輪光は肉體をはなれて見える。

パツシヨンばかりが詩ではない。
センチメンタルばかりが詩である。
光輪も聖人の怒と哀傷とによつて輝く。

足が地上を離れんとして電光[#「電光」に白丸傍点]に撃たれる。自分の肢體が金粉のやうに飛散する。

月光[#「月光」に白丸傍点]の海に盲魚が居る。

眞實は燐だ、感傷は露だ。

光は天の一方にある、空の青明を照映するために我の額は磨かれる、一心不亂に磨きあげられる。

鵞鳥は純金の卵を生む。自分の安住する世界はいつも美しい、夢のやうに不可思議で、夢のやうに美しい。


 手の幻影

白晝或は夜間に於て幻現するところの手は必ず一個である。左[#「左」に白丸傍点]である。
而してそは何ぴとにも語ることを禁ぜられるところのあるもの[#「ある
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