ば閃電を怖るる事もつとも烈し、詩人よ汝の手を磨け。

感傷の權威を認めざるものは始めより詩を作らざるに如かず。[#地から5字上げ]――人魚詩社宣言――


 聖餐餘録
[#ここから6字下げ]
食して後酒盃をとりて曰けるは此の酒盃は爾曹
の爲に流す我が血にして建つる所の新約なり、
[#ここで字下げ終わり]
[#地から1字上げ]―路加傳二二、二〇、

鐘鳴る。
我れの道路に菊を植ゑ、我れの道路に霜をおき、我れの道路に琥珀をしけ。
道路はめんめんたる一列供養のみち、夕日にけぶる愁ひの坂路、またその坂を昇り降らむとする聖徒勤行の路でもある。

鐘鳴る。
鐘鳴る。
エレナよ。今こそ哀しき夕餐の卓に就け。聖十字の銀にくちづけ、僧徒の列座を超え、雲雀料理の皿を超え、汝の香料をそのいますところより注げ。
ああ、いまし我の輝やく金屬の手に注げ、手は疾患し、醋蝕し、するどくいたみ針の如くになりて、觸るるところ、この酒盃をやぶり汝のくちびるをやぶるところの手だ。

ああ、いま聖者は疾患し、菊は疾患し、すべてを超えて我れの手は烈しく疾患する。
見よ、かがやく指を以て指さすの天、指を以て指さすの墳墓にもある。その甚痛のするどきこと菊のごときものはなく、菊よりして傷《いた》みを發すること疾患聖者の手のごときものはない。

愛する兄弟よ。
いまこそわが左に來れ。
汝が卓上に供ふるもの、愛餐酒盃の間、その魚の最も大なるものは正しく汝の所有である。
爾は女の足をひきかつぎ寢《ね》ることによりて、その素足に供養し流涕することによりて、爾の魚の大をなす所以である。
まことに夜陰に及び、汝が邪淫の臥床《ふしど》にさへ下馬札を建てるところの聖徒である。
凡そ我れの諸弟子諸信徒のうち、汝より聖なるものはなく、汝より邪慾のものはない。乞ふ、われはわれの肉を汝にあたへ、汝を給仕せんがために暫らく汝の右に坐することを許せ。
ああ、この兄弟よ、ぷうしきん[#「ぷうしきん」に傍点]の徒よ、爾は愛するユダである。我をあざむき賣《う》らむとし、我を接吻せんとする一念にさへ、汝は連坐頌榮の光輪を一人負ふところの聖徒である、『愛』である。

愛する兄弟よ。
而して汝は氷海に靈魚を獲んとするところの人物である。
肉親の骨肉を負ひて道路に蹌行し、肉を以て氷を割らんとするの孝子傳奇蹟人物である。
みよ、汝が匍行するところに汝が蒼白の
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