発であり、正に文学上に於ける権力感情の高唱だった。
されば自然派の文学論は、それの散文様式の底に於て常にクラシズム――形式のないクラシズム――を精神していた。換言すれば彼等は本質的にがっしり[#「がっしり」に傍点]とした、大地を堅く蹈みつけている、或る力の強い、現実感のある文学を要求した。そして彼等は、何よりも浪漫派の女らしい、涙っぽい、ぐにゃぐにゃ[#「ぐにゃぐにゃ」に傍点]した自由主義の精神と、その甘たるくメロディアスな美を悪《にく》んだ。故《ゆえ》に自然派の文学論が、浪漫派に対して言うところは、常に次のような非難だった。曰《いわ》く、「足が大地を離れている」「腰がふらついている」「浮薄な陶酔に溺《おぼ》れている」等。そして彼等自身は、正に「大地を蹈んでしっかり[#「しっかり」に傍点]と立つ」ところの、骨骼のがっしり[#「がっしり」に傍点]したレアリズムの文学を以て任じていた。
かく自然派の意志したものは、明らかに浪漫派への反動であり、リリカルな情緒に対する、エピカルな権力感情の反抗だった。故に倫理感の上に於ても、彼等は浪漫派に反対して、愛や人道やの女性化主義《フェミニズム》を排斥し、より[#「より」に傍点]貴族主義的なるカントの義務感――カントによれば道徳の本質は義務感である――を考えていた。そしてこの倫理感から、彼等の意地|悪《あ》しき、逆説的なる、サディズム的なる、露出病患者的なる文学が製作された。それは人生の汚穢《おわい》を描き、醜悪を暴露することによって、一種の征服的なる権力感へ高翔《こうしょう》しようと言うのである。
この同じ浪漫派への反動が、一方また詩壇にも呼び起された。即ち高蹈派《パルナシアン》の群団詩人がそれであって、彼等は殆《ほとん》ど徹底的に正面から貴族主義を振りかざした。彼等はあらゆる素質に於て、浪漫派と肌の合わない詩人だった。丁度小説に於ける自然派と並行して、彼等は浪漫派を敵対視し、一々その反対の意見を述べた。第一に先ず高蹈派《パルナシアン》は、自由主義を徹底的に排斥し、浪漫派のメロディアスな音律感を憎悪《ぞうお》した。そして彼等自身は、厳格なるストア的法則による詩形を重んじ、自ら誇って「言語上のゴシック建築」と称していた。(ゴシック建築はクラシズムの典型である。)また彼等は、一切の情緒感的《センチメンタル》なものや、曖昧茫漠《あいまいぼうばく》としたものを排斥して、ひとえに判然明白たる、理路整然たる詩を尊んだ。
高蹈派の詩人たちは、その詩派の名目が示す如く、常に高蹈的な超俗の態度を取り、デモクラチックの思想を軽蔑して、時流の外に高く持すことを誇っていた。彼等は実に、近代の女性化主義《フェミニズム》の文化に於ける、正面からの反動主義者で、仮面を被《かぶ》らない正直な――或《あるい》は馬鹿な――真の正銘の貴族主義者の一族だった。何よりも彼等はジャーナリズムを、時流に属するものを憎悪した。そして遠く歴史の過去を慕い、思いを中世の懐古に馳《は》せた。特にその巨匠ルコント・ド・リール等は、現在的なる人間生活の本質を憎悪し、一切の宇宙を否定しようとするところの、ショーペンハウエル的|厭人《えんじん》感のニヒリズムから、毒々しい挑戦《ちょうせん》的の態度に於て、浪漫派の感傷的なる愛や人道主義やを、梅毒のように不潔視した。実に高蹈派《パルナシアン》の貴族等は、詩から一切の情緒を排斥し、人情を虐殺することに痛快したのだ。
こうした高蹈派の態度は、正に詩に於ける自然主義の態度である。ただ一つ異なるところは自然主義が社会性を重要視し、現実生活を正視しようとしたに反し、高蹈派は人間社会を白眼視して、真の孤独的な貴族主義に徹入し、独善生活の雲の中に入り込んでしまったことだ。したがって自然主義の憎悪は「人生」に向って行き、高蹈派の憎悪は「宇宙の存在」そのものの本性に向って行った。即ち小説が科学的に行くところを、詩人は哲学的に行ったのである。そしてまたこの相違から、自然派が「生活のための芸術」と「芸術のための芸術」の両角的矛盾に陥り、主張と作品との奇怪な錯覚をしているときに、一方の高蹈派《パルナシアン》は徹底して芸術至上主義を標号《ひょうごう》した。
高蹈派はまた、詩から一切の主観を拒絶し、純粋の客観主義を標号したことで、小説の自然主義と根本的に一致する。実に高蹈派と自然主義とは、芸術の本質点で聯盟《れんめい》されたる、浪漫派への正面攻撃の敵であったのだ。しかしながら吾人《ごじん》は、こうした抗争詩派の主張に対して、一つの納得できない疑惑を感ずる。なぜならば詩の本質は、上来説いて来たように主観的のものであるから。吾人はいかにしても、高蹈派の説く如き反主観の詩、客観主義の詩というものを考えられない。そして同様にまた、真の意味の芸術至上主義と言うべきものを、詩の世界について想像できない。詩は必ず主観主義の文学でなければならず、したがってまた「生活のための芸術」でなければならない。故に高蹈派の言う意味の反主観や、芸術至上主義やは、おそらく多分、吾人の考える意味のそれとはちがうのだろう。しかしこの弁証は後に廻して、尚高蹈派以後に於ける詩の歴史を、つづいて次章に説かねばならぬ。
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* 自由詩が散文的なほど自由詩だということは、詩を散文の中に低落させると言う意味ではない。律格的な形式美に対して、メロディアスの美を徹底させるという意味である。これについて後に他の章(日本詩壇の現状)で詳説する。
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第九章 象徴派から最近詩派へ
文芸の歴史は反動である。高蹈派の形式主義によって、あまりに重圧されたところの詩壇は、次いで表現の自由を求め、情緒の解放を叫ぶところの、新しきロマンチシズムへの復活が来なければならないだろう。そして実に、早くその反動はやって来た。即ち近代詩壇にエポックした、例の象徴派の運動がこれである。
象徴派の新運動は、その本質上の精神に於て、正しく浪漫派の復活であり、虐《しいた》げられたる自由と感情とを、詩に於て取り返そうとした革命である。何よりも彼等は、高蹈派の形式主義に反対した。彼等は衒学《げんがく》的なものを嫌《きら》い、貴族的な尊大感に反抗し、民衆的な気取らない直情主義で、率直に思想を語ろうとした。(特にヴェルレーヌはそうであった。)象徴派の詩人等は、また特に主観を強調した。彼等はスイートな情緒によって、音楽のメロディアスに融《と》けて行く詩を愛した。そして韻律の形式的な規約を無視し、詩学派の高蹈派と衝突した。遂にその結果は、ヴェルハーレン等によって大胆にされ、全く詩学派と絶交することになってしまった。換言すれば、詩の韻律法則を破壊して、今日の所謂《いわゆる》「*自由詩」を生むに至ったのである。けだし浪漫派の精神が押すところは、象徴派を経て此処《ここ》に達するのが自然である。
象徴派はまた、高蹈派に対する反動として、詩想の朦朧《もうろう》としたものを愛し、判然明白なものを嫌った。(その判然明白は、高蹈派の標語するところであった。)象徴派の思惟《しい》によれば、詩の情趣は「朦朧の神秘」に存し、意味の不分明なところにあるというのだ。そしてこの点でのみ、一般に象徴派の特色が著るしく誇張されている。けれども詩派の運動に於ける本質からみて、象徴派の真生命は、要するに浪漫派の新しい復活に存している。彼等は高蹈派によって虐たげられた自由と情緒とを、一の新しき哲学の形によって、欧洲の近代詩壇に呼び返した。その新しき哲学とは、詩に瞑想《めいそう》的な実在観念を深めたことで、浪漫派の純一に情緒主義《センチメンタリズム》であったのとは、この点で教養が区別される。彼等は要するに浪漫詩人の、より観念化した変貌《へんぼう》だった。
この象徴派の運動は、一時|殆《ほとん》ど欧洲の全詩壇を風靡《ふうび》してしまった。いやしくも象徴派でないものは、新時代の詩人でないように考えられた。しかしながら反動は、必然の避けがたい法則で起って来た。第一につぎの詩壇は、象徴派の曖昧《あいまい》朦朧を排斥した。そして印象を的確にし、意味を力強く出すことに傾向して来た。実に象徴派以後の詩壇は、この「印象的」というところに、著るしい特色を有している。そして最近の多くの詩派、即ち写象派、未来派、立体派、表現派、ダダイズム等のものが、一時に続々と現われて来た。次にこれ等の詩派に共通する、最近詩壇の一貫した精神を述べてみよう。
最近詩派の本質は、一言にして言えば「象徴派への反動」である。即ち彼等は情緒を排して、或る種の抑圧されたる、逆説的な意志による権力感情を高調している。特に立体派や、未来派や、表現派等に見るように、彼等の詩的情操の本質感は、或る意地|悪《あ》しきもの、歪みたるもの、ヒン曲げられたるもの、グロテスクのもの、憎々しきもの、残酷なるものの表象である。何等かそこには、権力を否定することによって痛快とする、或る逆説的のヒロイズムがあり、意地の悪いニヒリズムが冷笑を浮べている。確かに近代の詩に共通する一つの強い情操は、或るニヒリスティックな権力感で、物質の本性をキュービカルに歪めさせ、世界をグロテスクにねじ[#「ねじ」に傍点]曲げようとする、意志の力学する意味を持っている。そこにはいつも科学的な唯物観と宿命観が、人生を苦々しく情象し、機械と鉄槌《てっつい》の重圧が、詩を叩《たた》き出そうと意志している。(このニヒリズムの反射に於て、いかに世界が権力への渇仰を、あのムッソリニや、ヒンデンベルクや、レーニンやに捧《ささ》げているかを見よ。)
こうした内容を有する詩が、形式に於てどんな表現を映してくるかは、考えるまでもなく明らかだろう。最近の多くの詩は、この点に於ても全く象徴派に敵愾《てきがい》している。あの象徴派のぬらぬら[#「ぬらぬら」に傍点]した、メロディアスで柔軟な自由律は、最近詩派の趣味性から手きびしく反感される。表現派や立体派の求めるところは、鉄と機械によってがっしり[#「がっしり」に傍点]と造られている、骨骼の逞《たく》ましいリズミカルのもの、即ちクラシックの形式詩体でなければならない。けれども彼等は、既に象徴派を経てシンボリズムの洗礼を受けている故《ゆえ》に、古典詩学の同じ形式には、再度帰ることを欲していない。彼等の求める様式は、クラシズムからその古風な美と詩学とを除いたところの、新しき様式に於ける意匠であろう。
これによって立体派や未来派は、彼等独自のユニックな意匠によって、別の新しいクラシズムを創見した。即ち言語を機械学的に配列したり、韻律を力学によって法則したり、或《あるい》はピラミッド形の象形詩形を造ったりして、一種の新様式に於ける函数《かんすう》的クラシズムを創造した。これ等の新しきクラシズムは、過去の高蹈派が墨守した詩学的なクラシズムとは、全くその外観を新奇にしている。新しき時代のものは、法則がより[#「より」に傍点]変態でより函数的に動かし得る韻律の自由を持っている。けれどもその詩形が精神する原則は、本質に於て過去のクラシズムと一致しており、同じく一種の造型美術――言語上のゴシック建築――と見るべきものだ。
こうした新傾向の帰するところは、詩を音楽から遠くさせて、**美術の方に導いて行く。実に或る最近の詩は、音律要素を全く無視して、言語を象徴的に並べることから、或る種の絵画的、もしくは造型美術的な効果をあげようと企てている。そしてこの種の新形式主義《ネオクラシズム》が行くところは、必然にまた唯美主義に傾向して行く。即ち詩を内容的なものから移して、形式的な純美に導き、芸術的貴族主義の山頂たる、唯美主義の標号へ走って行く。実にこの唯美主義的なものは、最近詩界に於ける著るしい特色で、彼等の多くの哲学は、そこに「美と唯物主義との弁証されたる科学の実証」を保険している。だが吾人《ごじん》は、この種のあまりに科学的なる、あまりに芸術至上主義なる一派の詩
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