向う訴え(祈祷《きとう》)である。故に宗教的情操の本質は、真の詩が有する第一義感の要素と符節し、芸術の最も高い精神を表象している。実に詩と宗教とは、本質に於て同じようなものである。ただ異なる点は、一方が表現であって、芸術の批判に属し、一方が行為であって倫理の批判に属するということにある。
 宗教のより思弁的で、主観のより瞑想《めいそう》的なものは、即ち所謂《いわゆる》哲学である。此処で哲学に就いて一言しよう。哲学という語の狭い意味は、科学に対する哲学――認識論や、形而上《けいじじょう》学や、論理学や、倫理学や――を意味している。しかしその語の広い意味は、かかる特殊的の学術でなく、一般に「哲学する精神」をもったところの、すべての思想や表現について言われる。即ちこの関係は、丁度「詩」という言語が、詩学の形式について言われる場合と、内容的に詩的精神を有するところの、一般について言われるのと同じである。そこで広い意味の哲学――即ち哲学的精神を有するもの――とは、すべて本質に於て主観を掲げ、何かの実在的なもの、もしくは普遍原理的なものに突入しようとする思想であって、例えばルッソオ、ゲーテ、ニイチ
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