感に属し、詩と同じき高翔《こうしょう》感や陶酔感やを、その「感情の意味」に於て高調する。此処でついでに、こうした道徳的情操に特色している、二種の異った種別を述べておこう。
 道徳的情操に於て、広く「善」と呼ばれるものには、それぞれの内部的分類がある。例えば「愛」「正」「義」等の者で、多少その倫理的内容を別にし、したがってその情操を異にしている。これ等の中、最も純粋に感情的で、かつ実践的であるものは、言うまでもなく「愛」である。愛には全く論理《ロジック》がなく、その情操は純一に感傷的で、女性的に、柔和であって涙ぐましい。普通に言う「情緒《センチメント》」という美感は、この道徳情操に於て最高潮に表象される。かの人道主義や、他愛主義や、その他の博愛教道徳は、すべて情緒《センチメント》の上に基調している。これに対して「正」や「義」やは、何等かの主義信念の上に立つもので、概して思想的要素を多分に持ってる。
 されば一切の主義と名づけるものは、すべてこの倫理的正義感に出発している。たとい徳に反対する主義――例せば悪魔主義や本能主義――のようなものであっても、本質はやはり、別のユニックな正義を信ずる
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