ざっくばらんの[#「ざっくばらんの」に傍点]、窮屈に四角張らない平民趣味の情操を特色していた。即ち約言すれば、古代希臘の昔から一貫して、叙事詩《エピック》の特色は男性的貴族主義で、抒情詩《リリック》の特色は女性的平民趣味のものであった。また前者は超現世的、超人間的であり、後者は現世的、人間的に一貫してきた。
 しかしながらこれ等の古典詩は、近代に至って悲しむべき凋落の悲運に会した。特に上古から文芸復興期にかけ、全盛の栄華を尽した叙事詩《エピック》は、十八世紀末葉以来|漸《ようや》く人々に疎外され、最近に至って全く影の薄いものになってしまった。一方|抒情詩《リリック》もまた、著るしくその形式情操を変貌し、今日普通に称呼される意味の言語は、古典韻文のそれとちがって、単なる牧歌体の短篇詩を名称している。実に今日の詩壇に於て吾人が一般に言っている抒情詩とは、近代に於ける短篇詩の謂《いい》であって、古典のそれと意味が大いにちがっている。したがって今日の言葉で言う叙事詩とは、詩の内容と関係なく、単に短篇詩に対する長篇詩を指す観がある。
 さて此処で考うべきは、何故《なにゆえ》に古典の長篇詩が、近代
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