に至って衰滅したかということである。あの上古から近世の始めにかけて、マンモスや怪竜の群の如く、地球上を横行していた巨大な長篇韻文が、最近二三世紀の間にかけて、一時に没落してしまったと言うことは、たしかに夢のような天変地異を感じさせる。何等かそこには、深い特別の事情が無ければならない。そして実際、そこには十分の事情と原因が存するのである。しかしその最も根本的なる、真の第一原因たる事情については、後に他の章で説明しよう。此処では故意にそれを除いて、他のより[#「より」に傍点]表面的なる誤った俗見について啓蒙《けいもう》しよう。
明白に、だれの眼にも見えている事は、近代に於ける散文の発達である。実に韻文の凋落と散文の発達とは、近代の歴史に於て逆比例を示している。昔にあっては見る影もなく、叙事詩や劇詩の繁栄の影にかくれて、卑陋《ひろう》な賤民《せんみん》扱いにされていた小説等の散文学が、最近十八世紀末葉以来、一時に急速な勢力を得て、今や却《かえ》って昔の貴族が、新しい平民の為に慴伏《しょうふく》され、文壇の門外に叩《たた》き出された。何故だろうか? 一般に解説されているところによれば、この世
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