である。

[#ここから3字下げ]
* 音律を無視した絵画風の詩については、著者は好感を表し得ない。こうしたものは言語の|綴り《スペル》する特色を忘れたもので、明白に文学の邪道である。正道の詩はやはり音律の「骨骼」を持たねばならない。しかし新しき詩の定義が、こうしたものをも包括し得ることは事実である。その限りに於ては、著者もこれ等の詩を認める。
[#ここで字下げ終わり]


     第四章 叙事詩と抒情詩


 詩の歴史は、地球の西と東とから、同時に別々に発展して来た。即ち西には希臘《ギリシャ》の詩が起り、東には日本の詩が起った。そして西洋は叙事詩に始まり、日本は抒情詩に起元している。この二つの詩の歴史は、相互に何の関係もなく、つい近年に至るまでは、個々に並行して来たのである。故に吾人《ごじん》の立場で見る時は、常に西洋と日本とを同時に両方から眺《なが》めつつ、観察を並行させて行かねばならぬ。だが日本の事情は後に廻して、此処《ここ》では西洋の詩の歴史と、彼の古典詩について先に語ろう。
 西洋の詩の歴史は、ホーマーの叙事詩《エピック》に始まっている。そこで叙事詩について概説しよう。人の
前へ 次へ
全334ページ中181ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
萩原 朔太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング