である。
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* 音律を無視した絵画風の詩については、著者は好感を表し得ない。こうしたものは言語の|綴り《スペル》する特色を忘れたもので、明白に文学の邪道である。正道の詩はやはり音律の「骨骼」を持たねばならない。しかし新しき詩の定義が、こうしたものをも包括し得ることは事実である。その限りに於ては、著者もこれ等の詩を認める。
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第四章 叙事詩と抒情詩
詩の歴史は、地球の西と東とから、同時に別々に発展して来た。即ち西には希臘《ギリシャ》の詩が起り、東には日本の詩が起った。そして西洋は叙事詩に始まり、日本は抒情詩に起元している。この二つの詩の歴史は、相互に何の関係もなく、つい近年に至るまでは、個々に並行して来たのである。故に吾人《ごじん》の立場で見る時は、常に西洋と日本とを同時に両方から眺《なが》めつつ、観察を並行させて行かねばならぬ。だが日本の事情は後に廻して、此処《ここ》では西洋の詩の歴史と、彼の古典詩について先に語ろう。
西洋の詩の歴史は、ホーマーの叙事詩《エピック》に始まっている。そこで叙事詩について概説しよう。人の
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