やの小説は、詩的精神の最も情熱的なものを感じさせる。なぜなら彼等のモチーフは、主として愛や人道やの、道徳的情操の上に立っているからである。前章に述べた通り、すべて倫理感の本質するところは、それ自ら詩的精神である故に、倫理的観念――恋愛を含めて――によって書かれたものは、必然に皆情緒を刺戟し、一種の抒情詩的な陶酔魅惑をあたえる。すべての倫理感的な文学は、それ自らみな詩的である。
ところが此処に、こうした宗教感や道徳感を排斥し、すべてに於て「詩」を拒絶しようとする文学がある。即ち人の知る自然主義の文学である。実に自然派の文学は、芸術から詩を抹殺《まっさつ》し、一切の主観的精神を否定しようと企てた。何よりも、彼等は冷静なる客観的の態度によって、真に「科学の如く」観察し、純のレアリズムに徹底しようと考えた。そこで「主観を排せ!」が標語の第一に叫ばれた。実に彼等は、芸術が科学的没主観の態度によって、創作されることを考えたのだ。そして一切の情緒と感情とを排斥した。特に就中《なかんずく》、愛や人道やの倫理感を排斥した。それは自然主義の言語に於ける、センチメンタリズムという響の中に、無限の軽蔑《けい
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