語の二重反復《トートロゲイ》にすぎないから。
即ち言わば彼等にとって、芸術は正に「芸術のための芸術」なのだ。
2
文壇で言われる「生活のための芸術」「芸術のための芸術」の正しい本質は、実に前述した如くである。即ちそれは「イデヤのための芸術」と「観照のための芸術」の別語であって、つまり言えば主観主義と客観主義、浪漫主義と現実主義との、人生観的見地からくる芸術の見方にすぎない。主観的ロマンチシズムの人生観に立ってる人は、必然に「生活のための芸術」を考えるし、客観的レアリズムの立場にいる人たちは、必然に「芸術のための芸術」を思うであろう。しかし注意すべきことは、こうした見解が態度上のものであって、芸術作品としての批判上には、何等関係しないということである。
この事実を説明するため、別の一例を取って話してみよう。例えば学問をする人には、種々異った態度がある。或る多くの人々は、立身出世のために学問をし、他の或る篤志な人々は、社会民衆の利福のために、学術を役立てようと思って学問する。或《あるい》はまた一方には、学問によって生活上の懐疑を釈《と》き、安心立命《あんしんりつめい》を得ようとする人々もあるであろう。そして最後には、何等他の目的のためでなく、純に学問することの興味によって、即ち「学問のための学問」をする人たちがある。
かく学問する人の態度には、種々の異った種類があるけれども、学術が学術として批判される限りに於ては、純に真理としての学術価値を問うのであって、他の功利価値や実用価値に関していない。例えば電信や蒸気船やは、発明の目的が社会の福祉にあったにせよ、或は純に科学的の興味にあったにせよ、発見としての価値に変りがなく、またその学術上の批判に於ては、利用の有益と無益とを問わないのである。
芸術がまたこれと同じで、主観に於ける作家の態度は、価値批判の上に関係しない。故《ゆえ》にもし諸君が意志するならば、芸術は売文のためであってもよく、ミツワ石鹸《せっけん》の広告のためであってもよく、或は共産主義の宣伝のためでもよく、社会風規の匡正《きょうせい》や国利民福のためでも好い。ただしかしこれを批判する上からは、そうした個々の解説と立場につかず、表現自体としての芸術的価値を見るのである。もしそうでなく、芸術の批判を個々の主観的立場で聴《き》いたら、一も批準のよるところがないだろう。なぜならば或る者は宣伝の効果を主張し、或る者は商品販売の効果を重視し、或る者は教育上の効果を言い立て、各々の価値の批準がてんで[#「てんで」に傍点]にちがってくるから。
されば芸術の批判にあっては、作家の態度の如何《いかん》を問わず、単に表現された作物から、芸術としての純粋価値――芸術としての芸術価値――を問うのである。今日赤色|露西亜《ロシア》の過激派政府は、盛んにボリシェヴィキーの宣伝芸術を出してるけれども、吾人《ごじん》のこれに対する批判は、宣伝効果の有無を問うのでなく、ひとえに芸術としての価値に於ける、魅力の有無を問うのである。所謂《いわゆる》教育映画や、伝染病予防の宣伝ポスター等に対する批判の規準点が、皆これに同じである。これらの場合に弁明して、単なる芸術[#「単なる芸術」に傍点]として書いたのでなく、社会意識の大義によって書いたから、そのつもりで高く――やはり芸術として――買ってくれと言う如き、前後矛盾した虫の好い要求は、到底受けつけられないのである。
「生活のための芸術」と「芸術のための芸術」とが、この点の批判でやはり同様である。作家自身の態度としては、芸術が慰安的な「悲しき玩具《がんぐ》」であろうとも、或は生命《いのち》がけな「真剣な仕事」であろうとも、批判する側には関係がなく、何《いず》れにせよ表現の魅力を有し、作品として感動させてくれるものが好いので、芸術の批判は芸術に於てのみなされるのだ。換言すれば芸術は――どんな態度の芸術であっても――芸術それ自体の立場から、芸術を芸術の目的で批判される。
では芸術が芸術として、芸術の目的から批判されるというのは、どういうことを意味するだろうか。言いかえれば芸術批判の規準点は、いったいどこにあるのだろうか。これに対する答は、一般に誰も知ってる通りである。即ち芸術の価値批判は「美」であって、この基準された点からのみ、作品の評価は決定される。そして此処《ここ》には、もちろんいかなる例外をも許容しない。いやしくも芸術品である以上には、悉《ことごと》く皆美の価値によって批判される。芸術の評価はこれ以外になく、またこれを拒むこともできないのである。
しかしながら美の種目には、大いにその特色を異にするところの、二つの著るしい対照がある。即ちその一つは純粋に芸術的な純美であって、他の一つは
前へ
次へ
全84ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
萩原 朔太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング