しているかが解るだろう。前者の正とするところは後者の邪であり、後者の掲げる標語は一方の否定するところである。そもそも何故《なにゆえ》に二つの主張は、かくも反対な正面衝突をするのだろうか。けだしこの異議の別れる所以《ゆえん》は、両者の人生に対する哲学――人生観そのもの――が、根本に於てちがっているからである。文学上に於けるすべての異論は、実にこの人生観の別から来ている。これを両方の者について調べてみよう。
 客観派の文学、即ち自然主義や写実主義について見れば、人生は一つの実在であり、正にそれが有る如く、現実に於て見る如くである。そして生活の目的は、この現実的なる世界に於て、自然人生の実相を見、真実《レアール》を観照し、存在の本質を把握することに外ならない。故に芸術家としての彼等の態度は、この実に「あるがままの世界」に対して、あるがままの観照をすることにある。この生活態度は知的であり、認識至上主義であり、一切「真実への観照」にかかってる。即ちそれは「観照のための芸術」である。
 然るに一方に於ては、浪漫主義等の主観派文学が、これとちがった人生観を抱《いだ》いている。この派の人々に取ってみれば、人生は現に「あるもの」でなく、正に「あるべきもの」でなければならない。この現実するところの世界は、彼等にとって不満であり、欠点であり、悪と虚偽とに充たされている。実に有るべきところの人生は、決してこんな態《ざま》であってはならない。真に実在さるべきものは、かかる醜悪不快の現実でなく、すべからくそれを超越したところの、他の「観念の世界」になければならぬ。故にこの派の人々にとってみれば、芸術はそれの理念に向って、呼び求めるところの祈祷《きとう》であり、或はこの不満なる現実苦から脱れるための、悲痛な情熱の絶叫である。それは何等「認識のため」の表現でなく、情意の燃焼する「意欲のため」の芸術である。
 かく二つの芸術は、初めから人生観の根柢《こんてい》を異にしている。一方の者にとっては、凡《すべ》て現実する世界(あるところのもの)が真であり、美と完全と調和との一切が、それの観照に於て実在される。即ち彼等の主張によれば、実在《レアール》は「現実以外」にあるのでなく、「現実の中に」存在する。(したがって「現実を凝視せよ」という標語が言われる。)ところが一方の人生観では実在《レアール》が「現実の中に」あるのでなく、彼自身の理想の中に、観念の中に存するのである。言い換えれば、この現実世界は不満足のもの――肯定できないもの――であって、真に考えらるべき世界は、主観の構成する「観念の中に」実在する。(したがって「現実を超越せよ」という標語が言われる。)
 この二つの異った思想に於て、読者は直《ただち》に希臘《ギリシャ》哲学の二つの範疇、即ちプラトンとアリストテレスを聯想《れんそう》するであろう。実にプラトンの哲学は、それ自ら芸術上の主観主義を代表し、アリストテレスは客観主義を代表している。即ちプラトンの思想によれば、実在は現実の世界になくして、形而上《けいじじょう》の観念界《イデヤ》に存するのである。故に哲学の思慕は、このイデヤに向ってあこがれ[#「あこがれ」に傍点]、羽ばたき、情熱を駆り立て、郷愁の横笛を吹き鳴らすにある。これに反してアリストテレスは、実在を現実の世界に認識した。彼はプラトンの説を駁《ばく》して真理を「天上」から「下界」におろし、「観念」から「実体」に現実させた。彼は実にレアリズムの創始者で、プラトンの詩的ロマンチシズムと相対の極を代表している。そしてこの二者の思想は、古来から今日に至るまで、尚《なお》一貫した哲学上の両分派で、おそらくはずっと未来にまで、哲学の歴史を貫通する論争の対陣だと言われている。そしてこの二者の議論が尽きない限り、芸術上における二派の論争も止《や》まないのである。
 ともあれ吾人《ごじん》は、此処《ここ》に至って「主観主義」と「客観主義」との、芸術上における二派のイズムを分明し得た。要するに二派の相違は、その認定する宇宙の所在が、自我の観念《イデヤ》に於てであるか、もしくは現象界の実体に存するかという、内外両面の区別にすぎない。(これを音楽と絵画について考えてみよ。)然るに観念界に存するものは、常に自我(主観)と考えられ、現象界に存するものは、常に非我(客観)と思惟《しい》されるから、此処に主観派と客観派の名目が生ずるのである。前に他の別の章に於て、自分は心理学上の見解から、所謂《いわゆる》「主観」の何物たるかを述べておいたが、此処に至って実在論的の見地からも、主観の本性を知ることができるのだ。即ち主観とは「観念《イデヤ》」であって、自我の情意が欲求する最高のもの、それのみが真実であり実体であるところの、真の規範されたる自
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