に於ても、やはりこの同じ二派の対照がある。例えば西洋の詩で、抒情詩《じょじょうし》と叙事詩の関係がそうである。一般に言われている如く、抒情詩は主観的の詩に属し、叙事詩は客観的の詩に属する。しかし叙事詩が客観的だと言う意味は、必ずしもそれが歴史や伝説を書くからでなく、他にもっと本質的な深い意味があるからである。だが、この問題は本書のずっと後に廻しておいて、当面の議事を進めて行こう。日本の詩について見れば、和歌と俳句の関係が、主観主義と客観主義を対照している。詩の内容の点からみても、音律の点からみても、和歌の特色が音楽的であるに反して、俳句は著るしく静観的で、美術の客観主義と共通している。また箇々の詩派について言えば、欧洲の浪漫派や象徴派に属する詩風は、概して情緒的の音楽感を高調し、古典派や高踏派に属するものは、美術的の静観と形式美とを重視する。
かく主観主義と客観主義とは、凡《すべ》ての芸術の部門に於て、それぞれの著るしい対立を示している。実に美術や音楽やの、典型的な芸術に於てさえも、またそれ自身の部門に於て、この左右両党が対立しているのである。先ず美術について考えれば、一方にゴーガンや、ゴーホや、ムンヒや、それから詩人画家のブレークなどがいて、典型的な主観派を代表している。即ちこの種の画家たちは、対象について物の実相を描くのでなく、むしろ主観の幻想や気分やを、情熱的な態度で画布に塗りつけ、詩人のように詠歎《えいたん》したり、絶叫したりしているのである。故に彼等の態度は、絵によって絵を描くというよりも、むしろ絵によって音楽を奏しているのだ。然るにこの一方には、ミケランゼロや、チチアンや、応挙《おうきょ》や、北斎《ほくさい》や、ロダンや、セザンヌやの如く、純粋に観照的な態度によって、確実に事物の真相を掴《つか》もうとするところの、美術家の中の美術主義者が居る。
音楽がまた同様であり、主観主義の標題楽と、客観主義の形式楽とが対立している。標題音楽とは、近代に於ける一般的の者のように、楽曲の標題する「夢」や「恋」やを、それの情緒気分に於て表情しようとする音楽であり、その態度は純粋に主観的である。然るに形式音楽の態度は、楽曲の構成や組織を重んじ、主として対位法によるフーゲやカノンの楽式から、造形美術の如き荘重の美を構想しようとするのであって、極《きわ》めて理智的なる静観の態度である。即ち形式音楽は「音楽としての美術」と言うべく、これに対する内容主義の標題楽は、正に「音楽の中での音楽」というべきだろう。
第三章 浪漫主義と現実主義
上来述べ来《きた》ったように、あらゆる一切の芸術は、主観派と客観派との二派にわかれ、表現の決定的な区分をしている。実にこの二つの者は、芸術の曠野《こうや》を分界する二の範疇《はんちゅう》で、両者は互に対陣し、各々の旗号を立て、各々の武器をもって向き合ってる。
人間の好戦的好奇心は、しばしばこの両軍を衝突させ、勝敗の優劣を見ようと欲する。しかしながら両軍の衝突は、始めより無意味であって、優劣のあるべき理由がない。なぜならば主観派の大将は音楽であり、客観派の本塁は美術であるのに、音楽と美術の優劣に至っては、何人も批判することができないからだ。もし或《あるい》は、強《し》いてこれを批判するものがありとすれば、それは単なる趣味の好悪《こうお》、個人としての好き嫌《きら》いにすぎないだろう。(あらゆる芸術上の主義論争は、結局して個人的な趣味の好悪にすぎないのである。)
然るにそれにもかかわらず、古来この両派の対陣は、文学上に於て盛んに衝突し、異端顕正の銃火をまじえ、長く一勝一敗の争論を繰返してきた。この不思議なる争闘は、けれども必ずしも無意味でなかった。なぜならばそれによって、表現に於ける二大分野の特色を明らかにし、相互の旗色を判然とすることができたからだ。よって激戦の陣地について、左右両軍の主張を聞き、突撃に於ける文学上の合図を調べてみよう。
文学上に於ける主観派と客観派との対立は、常に浪漫派と自然派、もしくは人道派と写実派等の名で呼ばれている。先《ま》ず客観派に属する文学、即ち自然主義や写実主義の言うところを聞いてみよう。
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・ 感情に溺《おぼ》れる勿《なか》れ。
・ 主観を排せよ。
・ 現実に根ざせ。
・ あるがままの自然を描け!
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これに対して主観派に属する文学、即ち浪漫主義や人道主義の言うところはこうである。
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・ 情熱を以て書け!
・ 主観を高調せよ。
・ 現実を超越すべし。
・ 汝《なんじ》の理念を高く掲げよ!
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両派の主張を比較してみよ。いかに両方が正反対で、著るしいコントラストを
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