しこの比較は根本的に間違えている。なぜなら和歌はとにかくとして、俳句は決して叙事詩《エピック》でないからだ。日本の俳句は、内容から見ても形式から見ても、西洋の叙事詩《エピック》とは少しも似たところがない。実に日本に於ける特殊の事情は、すべての文学が悉《ことごと》く内容本位の自由主義で、一も西洋に於ける如き真の意味のクラシックがないと言うことである。したがって日本には、言葉の厳重な意味で言われる「韻文」がなく、そうした形式主義の文学が発達しない。第一その種の文学に内容さるべき、叙事詩的《エピカル》な精神それ自体が無いのである。だがこの議事は他章に譲り、進んで本題に入って行こう。

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 芸術に於て、内容は主観に属し、形式は客観に属する。故に客観をどこまでも進めて行けば、最後に純粋の形式主義、即ちクラシズムに達してしまう。実にクラシズムの精神は、芸術の達し得べき最も寒冷の北極である。そこでは主観に属する一切の温熱感が、内容と共に逐《お》い出される。そして純粋に形式美であるところの、氷結した理智だけが結晶する。即ちクラシズムの方程式は、均斉、対比、平衡、調和の数学的比例であって、この冷酷なる没人情の氷山では、どんな人間的なる血液も凍ってしまう。そこには理智と数学で固まっている、氷づけの結晶した「純美」があり、大理石によって刻まれた造型美術が、立体結晶《キュービカル》の冷酷さで屹立《きつりつ》している。
 実にクラシズムの芸術は、美を数学によって創造し、機械とコンパスと定規とから、人間模型を製造しようと意図するところの、真の残忍酷薄なる純美主義の芸術である。そこには少しも温熱感のある主観がなく、純一に客観的なる知性の形式美があるのみである。しかもかかるクラシズムが、何故に詩の表現と結婚するのか。実に吾人の不可思議に堪えないことは、クラシズムの如き芸術の北極圏に属するものが、反対に芸術の南極極地であり、主観の情熱を本位とする詩の如き文学と、何故に結婚すべく必然されるかと言うことである。そもそもこうした寒烈の気温の中で、我々のあまりに情熱的な――あまりに人間的温熱感のありすぎる――詩人の血が、どうして凍死せずに歌いつづけていられるのだろうか?
 だが再度考えてみよう。上述したような真の意味の形式主義《クラシズム》――それは数理的な形式美のみを重視して、内容的なるすべてのものを、芸術から拒絶しようとする。――が、果して詩の世界にあるだろうか。もし有ったにしても、かかる種類の文学が、詩としての正しい評価を持ち得るだろうか。実際吾人は、或る種の末期的な詩派に於て、この種の形式韻文を見出《みいだ》している。例えば高蹈派《パルナシアン》の去勢された末期詩人は、彼等の詩派からその懐古的ロマンチックや、厭人《えんじん》病的の厭世感や――それが実に高蹈派の「詩」なのである――を紛失させて、ひとえにその韻律の詩工的完美に走り、詩を造型美術のように建築しようと考えた、換言すれば、彼等は詩を「心情《ハート》」から生むのでなく、知的な「頭脳《ヘッド》」によって製造しようとしたのである。
 かかる種類の文学を、実に詩と言うことができるだろうか。確かに或《あるい》は、それは一種の美であり得るだろう。だがすくなくとも詩ではない。なぜなら「美」なるものの一切が、悉く皆「詩」ではないから。詩は純美というべきものでなくして、より人間的温熱感のある主観を、本質に於て持つべきものだ。すくなくとも吾人は、確信を以て一つのことを断定できる。即ち詩は心情《ハート》から生るべきものであって、機智や趣味だけで意匠される頭脳《ヘッド》のものに属しないと言うことである。故に、詩に於ける形式主義《クラシズム》は、内容として詩的精神、即ち「主観」を持つ限りに於て許さるべきで、主観なき純粋の形式主義は、一種の数学的純美であるとしても、断じて詩と称し得べきものでない。
 では何故に詩人の主観が、かかる知的なクラシズムを、表現に於て選ぶのだろうか。詩が感情の文学であり、主観の南極に於ける芸術でありながら、クラシズムの如き北極的寒烈の形式を選定し、この矛盾した内容と形式とが結婚するのは、いかにしても不可思議なことに思われる。しかしながらこの疑問は、前に他章(形式主義と自由主義)で概略を解説した。即ち詩に於ける形式主義は、本来|叙事詩的《エピカル》の精神とのみ結合する。そしてこの叙事詩的《エピカル》の精神は、彼の貴族的なる権力感情の発翔《はっしょう》から、形式に於てどっしり[#「どっしり」に傍点]したもの、荘重典雅のもの、ストア的に厳格のもの、韻律の規則正しく、骨組のがっしり[#「がっしり」に傍点]したものを欲求することからして、必然にこの結婚が生れるのである。けれども尚《なお》疑問なの
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