は、やはり象形によって音楽のように情象するので、決して小説の如く描写しているのではない。しかし何れにせよこの行き方は、言語の特質を生かすべき、正道の表現にはずれている。
[#ここで字下げ終わり]
第十章 詩に於ける主観派と客観派
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以上、本書の各章を通じて論証し来《きた》ったように、詩の本質は「主観」であり、実に主観以外の何物でもない。詩とはこの主観的なる精神が、主観的なる態度によって言語に表現されたものを言うのである。然るに此処《ここ》に考うべきは、詩それ自体の世界に於て、また特に主観派と言うべきものと、客観派と言うべきものとが、互に対立するという事実である。そもそもこの矛盾はどう釈《と》くべきか。
この書の最後に残されたる、真の根本的なる重大問題はこれである。
既に早く、本書のずっと前の章で説いたように、あらゆる表現の形式には、それぞれの種目に於て――音楽にも、美術にも、小説にも――主観派と客観派との対立がある。故《ゆえ》に本来主観的なる詩の中にも、それ自身の部門に於て、同じような二派の対立がなければならぬ。今この事実を、日本と西洋との詩に就いて、両方から並行的に調べてみよう。先《ま》ず日本に就いて言えば、我々の代表的な二つの国詩、即ち和歌と俳句に於て、前者は主観派に属しており、後者は客観派に属している。また西洋の近代詩では、一般にだれも感ずる通り、浪漫派や象徴派等のものは、著るしく主観派を典型しており、高蹈派や古典派等のものは、反対の客観派に属している。
そこで第一に問題なのは、詩に於ける客観派とは何ぞやと言うことである。多くの通俗の見解は、この差別を詩材の対象に置いて考えている。即ち例えば、俳句は主として自然の風物を詠ずる故に客観的で、和歌は恋愛等を歌う故に主観的だと言うのである。かの仏蘭西《フランス》の高蹈派が、自ら客観主義を標榜《ひょうぼう》して、主観の排斥を唱えたのも同じような通俗の見解にもとづくのである。即ち彼等は、一切「私」という語の使用を禁じ、詩を自己について物語らず、外界の自然に於ける風物や、歴史上の伝説について書くことを主張した。
こうした通俗の見解が、極《きわ》めて無意味な皮相のものにすぎないことは、前既に他の章で弁証した通りである。芸術に於ける題材は、それが外界の「物」にあろうと、或《あるい》は内界の「心」にあろうと、さらに本質上に於て異なるところは少しもない。なぜならば表現の根本は、作者の物を見る態度に存して、対象それ自体の性質に存しないから。吾人《ごじん》が「主観的」と呼んでいるのは、もとよりかかる皮相の見解でなく、作者の物を見る態度の上で認識が感情の中に融化しており、気分的な情趣となっている態度を言うのだ。故にこの意味で言うならば一切の詩は皆主観的であるべきで、客観主義の詩というものは考えられない。
然るにそれにもかかわらず、浪漫派の詩と高蹈派の詩、また和歌と俳句との間には、どこか或る根本的な点に於て、著るしくちがうところがあるように思われる。単なる皮相の俗解でなく、もっと内奥的な意味に於て、やはり前者は主観的で、後者は客観的であるという感じが、どこかに避けがたくつきまとっている。吾人は進んで、この二派の詩に於ける特殊な異別を、対照上に考えなければならない。しかしながら西洋の詩については、前にも既に説明したし、またこの次の章に於ても、一層根本的に説くところがあるからして、此処では特に、日本の国詩たる和歌と俳句についてのみ、この問題の考察を進めてみよう。
2
和歌と俳句とは、日本の詩に於ける二つの代表的な形式であり、かつ最も著るしいコントラストである。すべての詩を愛する日本人は、この二つの詩に於ける特殊のものを、対照のコントラストに於て知っているだろう。実に和歌と俳句の相違は、詩に於けるディオニソスとアポロの対照である。即ち和歌の詩情は感傷的、感激的で、或るパッショネートな、情火の燃えあがっているものを感じさせる。これに反して俳句は、静かに落着いて物を凝視し、自然の底にある何物かを探《さぐ》ろうとする如き、智慧《ちえ》深い観照の眼をもっている。また和歌のあたえる陶酔は、情緒的でメロディアスのものであるのに、俳句の魅惑はこれとちがって、もっと枯淡的に澄み入っている、含蓄の深い情趣である。
されば和歌と俳句の相違は、詩に於ける音楽と美術の対照であり、また浪漫派と写実派の対照である。前者はロマンチックで感傷的に行こうとし、後者はレアリスチックで静観的に行こうとする。しかも吾人《ごじん》の知っている限り、俳句の如く観照的で、俳句の如くレアリスチックの詩は、世界に殆《ほとん》ど比類がない。西洋の詩や支那《しな》の詩やは、どんな静観的
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