《ささ》げているかを見よ。)
 こうした内容を有する詩が、形式に於てどんな表現を映してくるかは、考えるまでもなく明らかだろう。最近の多くの詩は、この点に於ても全く象徴派に敵愾《てきがい》している。あの象徴派のぬらぬら[#「ぬらぬら」に傍点]した、メロディアスで柔軟な自由律は、最近詩派の趣味性から手きびしく反感される。表現派や立体派の求めるところは、鉄と機械によってがっしり[#「がっしり」に傍点]と造られている、骨骼の逞《たく》ましいリズミカルのもの、即ちクラシックの形式詩体でなければならない。けれども彼等は、既に象徴派を経てシンボリズムの洗礼を受けている故《ゆえ》に、古典詩学の同じ形式には、再度帰ることを欲していない。彼等の求める様式は、クラシズムからその古風な美と詩学とを除いたところの、新しき様式に於ける意匠であろう。
 これによって立体派や未来派は、彼等独自のユニックな意匠によって、別の新しいクラシズムを創見した。即ち言語を機械学的に配列したり、韻律を力学によって法則したり、或《あるい》はピラミッド形の象形詩形を造ったりして、一種の新様式に於ける函数《かんすう》的クラシズムを創造した。これ等の新しきクラシズムは、過去の高蹈派が墨守した詩学的なクラシズムとは、全くその外観を新奇にしている。新しき時代のものは、法則がより[#「より」に傍点]変態でより函数的に動かし得る韻律の自由を持っている。けれどもその詩形が精神する原則は、本質に於て過去のクラシズムと一致しており、同じく一種の造型美術――言語上のゴシック建築――と見るべきものだ。
 こうした新傾向の帰するところは、詩を音楽から遠くさせて、**美術の方に導いて行く。実に或る最近の詩は、音律要素を全く無視して、言語を象徴的に並べることから、或る種の絵画的、もしくは造型美術的な効果をあげようと企てている。そしてこの種の新形式主義《ネオクラシズム》が行くところは、必然にまた唯美主義に傾向して行く。即ち詩を内容的なものから移して、形式的な純美に導き、芸術的貴族主義の山頂たる、唯美主義の標号へ走って行く。実にこの唯美主義的なものは、最近詩界に於ける著るしい特色で、彼等の多くの哲学は、そこに「美と唯物主義との弁証されたる科学の実証」を保険している。だが吾人《ごじん》は、この種のあまりに科学的なる、あまりに芸術至上主義なる一派の詩派と詩人に対し、一つの根本的なる懐疑を持っている。すくなくとも彼等については、何かの警告するところが無ければならない。だがその議論は次章に譲ろう。
 要するに最近詩壇は、前代象徴派への反動であり、リリカルな詩情に対する、エピカルな詩情の全躍している時代であって、これを社会的に観照すれば、デモクラチックのものに対する、権力感情のニヒリスティックな反動である。(前に言った唯美派や芸術至上主義の興る理由が、また実に此処《ここ》にあるのだ。)しかしこの現状の内奥には、早くもまた時代を逆に呼ばわろうとする、次の反動が準備され、漸《ようや》く詩壇の意識に登りかけている。即ち近時の外国詩壇で論じられている正統派――それは詩を純一の情緒に返そうとしている――の如き、その他浪漫派の正流を追おうとする一派の如き、何《いず》れも来《きた》るべき次の詩壇への、意味深い予言と暗示をあたえている。畢竟《ひっきょう》、詩の歴史は「反動から反動へ」の流れであり、無限に際限のない軌道である故、今日の正流は明日の逆流、明日の逆流は今日の正流となるわけで、この点の価値と正邪に関しては、一も現在の批判を断定し得ないのである。
 さて以上述べたことは、欧洲の詩壇についての観察だが、最後に日本の詩派について一言したい。なぜなら日本に於ても、象徴派とか高蹈派とか、或は未来派とかダダイズムとか言う如き、欧洲のそれと同名のものがあるからだ。これ等の和製詩派について、吾人は多く語るべき興味を持たない。日本に於ける大抵の文学流派は、皮相なジャーナリズムの影響であり、西洋新聞の文芸欄や政治欄を、新人気取りの新しがりと衒学《げんがく》さで、軽薄に受け取ったものにすぎないのだ。故に吾人の言うべきことは、日本に於ける象徴派や高蹈派等のものが、単にその名目上での一致の外、西洋の原物とは関係のない、或る特殊の別種であると言うことだけを、はっきり[#「はっきり」に傍点]と注意しておくに止める。

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* 自由詩の起元は、欧洲に於ては象徴派である。しかしアメリカに於ては、これより先民衆詩人のホイットマンが、独自のユニックな散文詩形を創造している。けだしアメリカの如きデモクラシイの代表的国家に於て、早く自由律の詩が生れるのは当然である。
** 詩が美術に近く様式するのは、もちろん単に外観上の見えにすぎない。本質に於て
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