、真の意味の芸術至上主義と言うべきものを、詩の世界について想像できない。詩は必ず主観主義の文学でなければならず、したがってまた「生活のための芸術」でなければならない。故に高蹈派の言う意味の反主観や、芸術至上主義やは、おそらく多分、吾人の考える意味のそれとはちがうのだろう。しかしこの弁証は後に廻して、尚高蹈派以後に於ける詩の歴史を、つづいて次章に説かねばならぬ。
[#ここから3字下げ]
* 自由詩が散文的なほど自由詩だということは、詩を散文の中に低落させると言う意味ではない。律格的な形式美に対して、メロディアスの美を徹底させるという意味である。これについて後に他の章(日本詩壇の現状)で詳説する。
[#ここで字下げ終わり]
第九章 象徴派から最近詩派へ
文芸の歴史は反動である。高蹈派の形式主義によって、あまりに重圧されたところの詩壇は、次いで表現の自由を求め、情緒の解放を叫ぶところの、新しきロマンチシズムへの復活が来なければならないだろう。そして実に、早くその反動はやって来た。即ち近代詩壇にエポックした、例の象徴派の運動がこれである。
象徴派の新運動は、その本質上の精神に於て、正しく浪漫派の復活であり、虐《しいた》げられたる自由と感情とを、詩に於て取り返そうとした革命である。何よりも彼等は、高蹈派の形式主義に反対した。彼等は衒学《げんがく》的なものを嫌《きら》い、貴族的な尊大感に反抗し、民衆的な気取らない直情主義で、率直に思想を語ろうとした。(特にヴェルレーヌはそうであった。)象徴派の詩人等は、また特に主観を強調した。彼等はスイートな情緒によって、音楽のメロディアスに融《と》けて行く詩を愛した。そして韻律の形式的な規約を無視し、詩学派の高蹈派と衝突した。遂にその結果は、ヴェルハーレン等によって大胆にされ、全く詩学派と絶交することになってしまった。換言すれば、詩の韻律法則を破壊して、今日の所謂《いわゆる》「*自由詩」を生むに至ったのである。けだし浪漫派の精神が押すところは、象徴派を経て此処《ここ》に達するのが自然である。
象徴派はまた、高蹈派に対する反動として、詩想の朦朧《もうろう》としたものを愛し、判然明白なものを嫌った。(その判然明白は、高蹈派の標語するところであった。)象徴派の思惟《しい》によれば、詩の情趣は「朦朧の神秘」に存し、意味の不分明なところにあるというのだ。そしてこの点でのみ、一般に象徴派の特色が著るしく誇張されている。けれども詩派の運動に於ける本質からみて、象徴派の真生命は、要するに浪漫派の新しい復活に存している。彼等は高蹈派によって虐たげられた自由と情緒とを、一の新しき哲学の形によって、欧洲の近代詩壇に呼び返した。その新しき哲学とは、詩に瞑想《めいそう》的な実在観念を深めたことで、浪漫派の純一に情緒主義《センチメンタリズム》であったのとは、この点で教養が区別される。彼等は要するに浪漫詩人の、より観念化した変貌《へんぼう》だった。
この象徴派の運動は、一時|殆《ほとん》ど欧洲の全詩壇を風靡《ふうび》してしまった。いやしくも象徴派でないものは、新時代の詩人でないように考えられた。しかしながら反動は、必然の避けがたい法則で起って来た。第一につぎの詩壇は、象徴派の曖昧《あいまい》朦朧を排斥した。そして印象を的確にし、意味を力強く出すことに傾向して来た。実に象徴派以後の詩壇は、この「印象的」というところに、著るしい特色を有している。そして最近の多くの詩派、即ち写象派、未来派、立体派、表現派、ダダイズム等のものが、一時に続々と現われて来た。次にこれ等の詩派に共通する、最近詩壇の一貫した精神を述べてみよう。
最近詩派の本質は、一言にして言えば「象徴派への反動」である。即ち彼等は情緒を排して、或る種の抑圧されたる、逆説的な意志による権力感情を高調している。特に立体派や、未来派や、表現派等に見るように、彼等の詩的情操の本質感は、或る意地|悪《あ》しきもの、歪みたるもの、ヒン曲げられたるもの、グロテスクのもの、憎々しきもの、残酷なるものの表象である。何等かそこには、権力を否定することによって痛快とする、或る逆説的のヒロイズムがあり、意地の悪いニヒリズムが冷笑を浮べている。確かに近代の詩に共通する一つの強い情操は、或るニヒリスティックな権力感で、物質の本性をキュービカルに歪めさせ、世界をグロテスクにねじ[#「ねじ」に傍点]曲げようとする、意志の力学する意味を持っている。そこにはいつも科学的な唯物観と宿命観が、人生を苦々しく情象し、機械と鉄槌《てっつい》の重圧が、詩を叩《たた》き出そうと意志している。(このニヒリズムの反射に於て、いかに世界が権力への渇仰を、あのムッソリニや、ヒンデンベルクや、レーニンやに捧
前へ
次へ
全84ページ中57ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
萩原 朔太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング