て変化に富んでいる。前者は正しく定律詩の音律美で、後者は自由詩の音律美である。
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     第八章 浪漫派から高蹈派へ


 感情に於ける二つのもの、即ち抒情詩《じょじょうし》的情操(情緒)と叙事詩的情操(権力感情)とが、人文に於て常に対流することは、前章に述べた通りである。実に文芸の歴史は、この二つの感情の反復と、その争闘との歴史に外ならない。そしてあらゆる原則は、常に「反動」の一語に尽きている。即ち一方が抑圧すれば、他方が直ちに反動し、他方が時代を占有すれば、次には一方が興ってくる。この繰返しの反動は、力学的に決定された真理であって、歴史の永遠を通じて続くであろう。決していかなる時代も、その一方のみが、永く決定的に文明を独占することは有り得ない。
 されば、今日の如き、近代文化のあらゆる女性化主義《フェミニズム》にかかわらず、人心の本源する一部に於ては、尚《なお》かつ権力感情の獅子《しし》が猛然と猛《たけ》りたっている。しかもそれは時代の潮流に適合するため、変装された女性化主義《フェミニズム》の仮面の下で、いつも本能獣の牙《きば》を研《と》ぎ光らしているのである。即ちあの聡明《そうめい》なニイチェが言ったように、現代に於ける女性化主義者《フェミニスト》、――平和主義者や、社会主義者や、無政府主義者や――は、すべて羊の皮をきた狼《おおかみ》であり、食肉鳥の猛々しい心を以て、柔和な福音を説く説教者である。確かに、彼等の主義は人道的で、彼等の思想は民衆的だ。しかもこれ等の説教者が意志するところは、民衆の上に働きかけ、彼等を支配し、文明に号令しようとするところの、極《きわ》めて貴族主義的な権力感の高調である。そして近代文明のいかなる女性化主義《フェミニズム》とデモクラシイも、これ等の「変装した貴族主義者」を殺し得ない。(現に資本主義の平民文明そのものが、これ等の変装的陰謀者によって危険視されている事実を見よ!)
 さて詩の歴史に帰って行こう。詩の歴史に於ける古典の叙事詩や抒情詩やは、既に前の章で解説した。次には進んで、浪漫派以後に於ける近代の新しい詩と、これが姉妹文芸たる散文の歴史について考えよう。前の章で言ったように、近代に於ける詩の起元は、実に浪漫派によって始まっている。浪漫派以前の詩は、我々にとって古典であり、直接には縁の薄いものにすぎない。故に浪漫派は、実に近代詩の開祖であって、今日のあらゆる詩派に於ける母音のものは、すべて此処《ここ》に胚種《はいしゅ》している。しかしながら浪漫派の運動は単に詩壇の一局部にのみ、小波動を以て興ったのでなく、実に文学と芸術と、社会思潮の全般にわたって興ったところの、空前の花々しき大運動だった。それはルッソオによって刺激された、仏蘭西《フランス》革命の続きであって、資本主義文化の初頭に於ける自由主義の目ざましい凱歌《がいか》だった。(自由主義と女性化主義《フェミニズム》とは、必然にイコールであることに注意せよ。)
 されば浪漫派の運動は、貴族主義に対する平民主義の主張であり、形式主義に対する自由主義の絶叫だった。それは芸術と文化に於ける、一切の権力感情を排斥し、すべての叙事詩的《エピカル》なものを抑圧した。近代の恋愛を主とする抒情詩的《リリカル》な小説が、一時に新しい文学的勢力を得て、古典の形式韻文を駆逐したのもこの時だった。此処でついでに言っておくが、古代に於て散文が軽蔑《けいべつ》視され、近代に至って逆にそれが優勢になってきたのは、実に新時代の自由主義が、韻文の如き形式主義の文学に反感し、より自由で平民的な散文に趣味を転じて来たからである。そして自由詩の本質に於ける精神が、同じくこの散文時代の趣味性を表象している。故にこの意味から言うならば自由詩は*散文的であるほど――即ち非律格的であるほど――真に本質的に自由詩なのである。
 さて浪漫派の時代思潮は、過去の貴族文明への反感からして、一切の叙事詩的《エピカル》な精神を抑圧したが、これに対する反動の逆流は、当然また興らなければならなかった。そして実にこの反動は、芸術のあらゆる方面から興ったのである。しかしこれ等には、単に詩と小説との文学につき、反動の歴史を見れば足りる。先《ま》ず小説から始めて行こう。小説に於ける浪漫派の反動思潮は、人の知る如く例の自然主義である。この仏蘭西に興った自然派の文学主張が、本質的に何を意欲し、何を特色したものであるかは、既に他の章でしばしば詳説した通りである。即ちそれは「主観を否定した主観主義」の文学で、当時の情熱的なる人間主義者《ヒューマニスト》が、浪漫派の人道的センチメンタリズムに叛逆《はんぎゃく》し、愛や情緒やの虐殺を叫んだところの、一の抑圧されたる叙事詩精神《エピックハート》の爆
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