た威権を重んじ、そして何よりも「荘重典雅」の美を重視する。故にクラシズムの芸術は、すべて歴史の上古から中世にかけて栄えた。その歴史の時代に於ては、君主が専制的に国家を支配し、或《あるい》は貴族が政権を独占し、武士が封建の社会を形成していた。そして多くの芸術品は、君主や貴族の栄誉のために、その権力感の悦《よろこ》びを充たすべく製作された。然るに近代の平民的な社会に至って、この種の芸術は根本的に廃《すた》ってしまった。近代の新しき趣味性は、かかるクラシズムの美を悦ぶべく、あまりにデモクラチックな自由主義に傾向している。
 此処に於て吾人は、先に前の章で暗示しておいた一つの宿題、即ち近代に於ける古典韻文の凋落《ちょうらく》を、真の原因について知ることができるのである。あの上古から中世の終にかけて、巨獣のように横行していた古典の叙事詩や劇詩の類は、何故に近代の初頭に於て、一時に消滅したのであろうか。けだしその真因は、近代に於ける資本主義文明の発達にある。実に十八世紀以来に於て、急激な進歩をした欧洲資本主義の文明は、一躍して平民の社会を造り、過去のあらゆる貴族的なものを葬ってしまったのである。社会はデモクラチックになり、自由主義になり、そして時代思潮の傾向は、常に到る処に平和主義や、人道主義や、博愛主義や、社会主義やの、所謂文化的|女性化主義《フェミニズム》へ潮流している。さればかかる社会に於て、古典韻文の如き形式主義の文学が、流行の外に廃棄されるのは当然である、特に就中《なかんずく》、叙事詩の如き貴族趣味に属するものは、時代の来る先鋒《せんぽう》に於て死刑にされる。
 近代文学の黎明《れいめい》は、実に浪漫派の情緒主義《センチメンタリズム》によって開かれている。それは資本主義の平民文化が精神する、あらゆる反貴族的、反武士道的なものを表象している。換言すれば浪漫派は、クラシズムの形式主義に反感する、一切の自由主義的精神を代表している。すなわち彼等の新しい詩は、何よりも先《ま》ず情緒を重んじ、恋愛を讃美《さんび》し、そして形式上には、古典詩学の窮屈な拍節本位に反対して、より自由でメロディアスな、内容本位のスイートな音律を創見した。何よりも彼等は威権ぶったもの、四角張ったもの、形式ぶった窮屈のものを嫌った。そして浪漫派の精神が流れるところは、遂に象徴派を経て詩の形式を全く破壊し、一切のリズミカルな音律に反感して、純粋にメロディアスな自由律の詩、即ち今日の所謂「自由詩」を生むに至ったのである。自由詩は実に資本主義の産物で、平民文化のデモクラシーを代表している。
 しかしながら前言う通り、人間に於ける叙事詩《エピック》の精神と抒情詩《リリック》の精神とは、常に何等かの形に於て、永久に対立すべきものである。この点では、いかに近代の文明が女性化主義《フェミニズム》に潮流しても、人心の底にひそむ不易の本能を殺し得ない。彼等は何等かの形に於て、人の気附かない意想外の変装をし、手に爆弾をかくして「反動」の窓に覗《のぞ》いている。そして他の多くのものは、より[#「より」に傍点]露骨に正面から時代への逆流的形式を取るであろう。
 これによって前言う如く、今日でも尚《なお》自由詩と定律詩とは、欧洲に於ける詩界を二分しているのである。即ち平民的な情操を有する詩人は、多く皆自由詩に行き、貴族的な権力感を有する詩人は、概して皆定律詩に拠っている。けだし貴族的な精神は、本質的にクラシズムで、骨骼のがっしり[#「がっしり」に傍点]した美を求めるからだ。彼等の趣味に取ってみれば、自由詩は軟体動物のようなもので、どこにもしっかり[#「しっかり」に傍点]した骨組みがなく、柔軟でぐにゃぐにゃ[#「ぐにゃぐにゃ」に傍点]しているところの、一の醜劣な蠕虫《ぜんちゅう》類にすぎないだろう。反対に一方の眼でみれば、定律詩は形式的で生気がなく、時代の流動感を欠いているように思われる。

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* 「権力感情」という言語を、始めて強いアクセントで語ったものは、実に独逸の貴族主義者ニイチェである。ついでながら言っておくが、虚無主義の本質は、「権力を否定する権力感情」で、言わば「貴族を殺そうとする貴族主義」である。逆にニヒリズムは近代の逆説された叙事詩思想《エピカルソート》で、著者の所謂「変装した陰謀者」「歪みたる憎々しきもの」の一つである。

 独逸音楽と南欧音楽の特色は、エピカルとリリカルとの、最も典型的な好対照である。独逸音楽の特色は、すべてに於てリズミカルで、拍節が強くはっきり[#「はっきり」に傍点]とし、軍隊の重圧的な歩調のように、重苦しくどっしり[#「どっしり」に傍点]している。反対に仏蘭西や伊太利《イタリー》の音楽は、メロディアスの美しい旋律に充ち、柔軟自由にし
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