カルな形式を指すからである。したがってこの形式主義に対する内容主義は、それ自ら表現上の自由主義を意味している。自由主義と内容主義とは、芸術上の言語に於てイコールである。
[#ここで字下げ終わり]


     第七章 情緒と権力感情


 吾人《ごじん》が普通に「感情」と言ってるものは、気分色合を異にしているところの、二つの別趣のものを包括している。一つは所謂《いわゆる》「情緒《センチメント》」であって、優雅に、涙もろく、女性的な愛情に充ちたものである。これに対して他の一つは、男性的な気概に充ち、どこかに勇気を感じさせ、或る高翔感《こうしょうかん》的な興奮を伴うもので、普通に「意志的感情」もしくは「*権力感情」と呼ぶものである。
 そこで人間のすべての詩は、所詮《しょせん》この二つの感情の中、何《いず》れかを発想するものに外ならない。古来歴史上に於けるすべての詩は、これによって情操の分類から、判然として二つの者に別れている。即ち前に他の章で言ったように、古代|希臘《ギリシャ》の詩界に於ける、「叙事詩」と「抒情詩」との対立がこれである。叙事詩はホーマーのイリアッドが代表し、抒情詩はサッホオの恋愛詩が代表している。そして前者が、かの歴山《アレキサンドル》大王やシーザアやの、古代の英雄によって愛誦《あいしょう》され、彼等の少年時代に於て、早くそのヒロイックな権力感情を養成した時、後者はより[#「より」に傍点]民衆的な青年の間に読まれ、幾多のセンチメンタルな恋愛主義者を養成した。そしてこのホーマーとサッホオとの対立が、後に文芸復興期に移ってから、さらにダンテやミルトンの荘厳な神曲叙事詩と、一方にペトラルカやボッカチオ等の、民衆的な情痴抒情詩の対立になったことは、前に同じ章で述べた通りである。
 実にこの叙事詩《エピック》と抒情詩《リリック》の対立は、人間に於ける二つの感情――情緒と権力感情――との二大分野を示すもので、人文の歴史がある限り、たといその形式は変貌《へんぼう》しても、実質的には何等かの新しき様式で、不易に対立すべきものである。しかしながら時代と文明の変移によって、或る時には一方の者が「正流」となり、他方のものが「反動」となることが珍らしくない。そしてこの場合に、反動の地位に置かれたものは、その表面の意志を抑圧される結果として、或る変形したる、歪《ゆが》みたる、逆説的なる、寓意《ぐうい》的なる、一の「憎々しきもの」として、それの歪像《わいぞう》を映すのが普通である。後の章に説く近代の立体派や、表現派の詩が、その同じ精神の系統に属している。だがこの解説は後に譲り、こうした詩的情操の投影さるべき、表現の形式について考えよう。
 感情の南方地帯に属するもの、即ち所謂「情緒」は、それ自ら愛《ラブ》の本有感である故《ゆえ》に、博愛や人道やの、すべての柔和なる道徳情操を基調している。この感情の本質は涙ぐましく、甘くスイートな気分に充ちてヴァイオリンのようにメロディアスのものである。故にその発想の形式は、必然に柔軟可動体なる、メロディアスの自由主義を欲求する。これに反して一方のもの、即ち意志的なる「権力感情」は、すべてに於て力のある、骨組みのがっしり[#「がっしり」に傍点]とした、拍節の正しいリズミカルの美を求める。そしてこの精神から、古代の芸術に見るクラシズムが発生したのである。此処《ここ》でクラシズムについて一言しよう。
 クラシズムとロマンチシズムとは、実に芸術における北極と南極で、世界の終る両端である。浪漫主義の本有感は、愛のメロディアスな情緒感で、柔軟可動の自由を愛し、内容を本位とするものであるのに、クラシズムは情緒を排し、感傷的気分を嫌《きら》い、そして均斉、対比、平衡、調和等の、数学的法則による形式を重要視する。クラシズムの表現が欲するものは、何よりも骨骼のがっしり[#「がっしり」に傍点]した、重量と安定のある、数学的|頑固《がんこ》を持った、言わば「物に動ぜぬ直立不動の精神」である。それは一切の弱々しいもの、柔軟のもの、骨組みのぐにゃぐにゃ[#「ぐにゃぐにゃ」に傍点]したもの、女らしく繊弱なものを跳《は》ね飛ばすところの、男性的ストアの美を要求する。故にクラシズムの精神は、正に「独逸《ドイツ》軍隊の行進」である。どっしり[#「どっしり」に傍点]として大地を蹈みつけ、歩調に力があり、数学的正確の規律を以て、真にリズミカルに堂々と行軍する。(近代の諸国に於ける所謂「軍隊精神」なるものはすべて独逸国の創造になる。それはクラシズムと、科学的精神とを、帝国主義に於てビスマルクが芸術化した。)
 こうしたクラシズムの精神は、正に権力感情の表象であり、すべてに於て貴族的な尊大感を誇示している。即ち本質的に形式主義で、勿体《もったい》ぶっ
前へ 次へ
全84ページ中53ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
萩原 朔太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング