、詩が詩であるとして考えられた。(したがって「散文」という語は、その形式の故に移されて、内容上での「非詩」を指してる。所謂「散文詩」という言語の矛盾は、この内容と形式との、言語上の混乱から生じているのだ。)そもそも不思議は、古来すべての詩の発生が、何故《なにゆえ》にかかる機械的なる、法則されたる韻律の形式を取ったかと言うことである。
 これに対する答解は、しかし極《きわ》めて簡単である。だれもよく知る如く、詩は昔に於て音楽と共に――おそらくは尚舞蹈と共に――節《ふし》づけされた手拍子、もしくは楽器に合せて歌われたものである。ゆえに詩の発生に於ける形式は、必然に音楽や舞蹈やと一致したリズムの機械的反復を骨子としている。そしてこの発生に於ける形式が、そのまま後代にまで伝統され、後に修辞学の進歩によって、今日の韻文となったものに外ならない。しかしながら元来言えば、詩が既に音楽から独立し、純然たる文学となった今日、尚《なお》かつ原始の発生形式たる、韻律《リズム》の機械則を守る必要はないであろう。何故に我々は、今日尚アカデミックな詩学を有し、韻律学の煩瑣《はんさ》な拘束を持っているのか。
 今日の所謂「自由詩」が、実にこの疑問から出発した。彼等は韻文の形式に窮屈して、より拘束なき自由の音楽を呼ぼうとした。しかしながら今日、自由詩は尚詩壇の「一部のもの」にすぎない。すくなくとも西洋に於ては――日本はこの際、特殊の事情によって例外する。――自由詩は全般のものでなくして、或る一部の詩人に属するもので、爾余《じよ》の大半の詩人たちは、今日尚規則的なる、韻文の形式を捨てないのである。何故だろうか? 彼等の頭脳が古く頑冥《がんめい》な為であろうか。否。現代の最も進歩した詩人すらが、しばしば厳格なる韻律形式を固守している。かの象徴派の詩人にして、欧洲に於ける自由詩の開祖と目されるヴェルハーレンすらが、後には自由詩を廃棄して、最も形式的なる押韻詩の作家になったのである。
 かく規則的なる韻律詩が、今日尚自由詩と相対立して、詩の形式を二分しているところを見ると、何等かそこには、定則韻文の有する独自の意義が感じられる。すくなくとも今日の定律詩人は、単なる因襲の慣例によって、無自覚にクラシックな韻文を書いているのではない。何等かそこには、自由詩によって満足されないところの、別の適切な表現を感じているからである。では彼等の定律詩人が感じている、特殊な表現的満足感は何だろうか? けだし彼等は、詩の自由主義に不満して、*形式主義の精神に美を感じているからである。
 さればこの質問は、必ずしも今日の詩壇に起った問題でなく、ずっと昔、未だ自由詩などというものがなかった時から、既に古くあった問題である。なぜなら昔に於ても、韻文中での形式派と自由派とは、同じ精神で対立していたから。たとえば古典の詩で、叙事詩と抒情詩《じょじょうし》とがそうであった。叙事詩も抒情詩も、昔にあっては共にひとしく定形詩で、詩学の定める法則を遵守していたにかかわらず、概して叙事詩は形式主義の韻文で、押韻の法則が特別に厳重だった。そして反対に抒情詩は、この点が寛大であり、比較上での自由主義に精神していた。
 また近代の詩壇にあっても、既に自由詩以前に於て、この同じ精神が対立していた。たとえば浪漫派や象徴派の詩人等は、概して自由主義の立場に居り、詩学上の煩瑣な拘束を嫌《きら》っていた。反対に高蹈派の詩人等は、典型的なる形式主義の韻文を尊重していた。最近に至って、自由詩それ自体の部門にすら、またこの二派の対立があることは、我が国今日の詩壇を見ても解るだろう。日本に於ける最近詩壇は、後に他の章で詳説する如き事情によって、一も定律詩が存在せず、すべて皆自由詩のみであるけれども、そこにはまた比較上での形式主義と自由主義とが対立し、同じ自由詩の中で別れている。
 されば上述の質問は、結局して形式主義と自由主義との、美の二大|範疇《はんちゅう》を決定すべき、根本の問題に触れねばならない。そしてこの問題を釈《と》かない中は、吾人《ごじん》は未だ詩について、真に何事の知識も持たないのである。なぜなら詩の表現は、実にこの矛盾した反対の精神が、機微の黙約するところにかかっているから。そもそも形式主義の精神するところはどこにあるか。自由主義の根拠するところはどこにあるか。以下これについて考察を進めて行こう。

[#ここから3字下げ]
* 芸術の形式は内容の反映である故に、本来言えば「形式主義」とか「内容主義」とかの観念は、芸術上に於てノンセンスである。然るにこうした言語が存在するのは、この場合で考えられている「形式」が一般に於ける「表現そのもの」を指すのでなく、何等かの数理的法則によって規定されているところの、特殊なクラシ
前へ 次へ
全84ページ中52ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
萩原 朔太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング