ように、詩的精神の第一義感的なるものは、何よりも宗教情操の本質と一致している。その宗教情操の本質とは、時空を通じて永遠に実在するところの、或るメタフィジカルのものに対する渇仰で、霊魂の故郷に向えるのすたるじや[#「のすたるじや」に傍点]、思慕の止《や》みがたい訴えである。そこでこの宗教感のメタフィジックを、特に観念上に於て掲げたものを、芸術上で普通に「象徴派」と称している。即ち先の章で述べたように、散文ではポオの小説、メーテルリンクの戯曲などが、それの代表として思惟《しい》されている。然るに詩壇に於ては、特にこの観念を意識的に旗号した一派のものが、十九世紀末葉の仏蘭西《フランス》詩壇に現われたので、世人は特に彼等を象徴派の詩人と呼んでいる。
しかしながら前言う通り、詩的精神の第一義感なるものは、すべてこの種の宗教情操に基調している故《ゆえ》、これを称して象徴と呼ぶならば、一切にわたる詩の最高感は、悉《ことごと》く皆象徴でなければならない。例えば前に他の章(抽象観念と具象観念)で言ったように、芭蕉《ばしょう》のイデヤしたところのもの、石川|啄木《たくぼく》が生涯を通じて求めていたもの、西行《さいぎょう》が自然の懐中《ふところ》に見ようとしたもの、ゲーテが観念に浮べていたもの、李白《りはく》やヴェルレーヌが思慕したもの、ランボーを駆って漂浪の旅に出したもの、シェレーが愁思郷に夢みたもの等、悉く皆この不可思議なる「霊魂の渇《かわ》き」であって、認識の背後にひそむ、或る未可知のものへの実在的|思慕《エロス》に外ならない。
実にすべての詩人はこれを知っている。詩を思う心は一つの釈《と》きがたい不思議であって、何物か意識されない、或る実在感への擽《こそ》ばゆき誘惑である。実に詩それ自体の本質感が、始めから宗教の情操に立っており象徴そのものに精神している。故に真正の意味に於ては、詩壇に「象徴派」という言語はあり得ない。すべての一義的なる詩は、どんな詩派の傾向に属するものでも――浪漫派でも、印象派でも、未来派でも、表現派でも、――必然的に皆霊魂の深奥する象徴感に触れる筈《はず》だ。そこで詩壇の所謂《いわゆる》象徴派とは、一般についての象徴精神そのものを指すのでなく、特にこの概念を掲げたところの、マラルメ一派の特殊な詩風(朦朧詩風)について指してることを、最初に先ず明らかに話しておこう。
さて象徴というこの言語は、一方また表現上から、観照のメタフィジックについても言われている。本章に於て、吾人《ごじん》は主としてこの方面から、象徴の語意を明らかに解説したいと思っている。なぜなら象徴の解説は、従来多くの人によって、この方面から試みられているにかかわらず、一も満足をあたえるものがないからだ。単に多くの人々は、象徴を以て一種の「比喩《ひゆ》」「暗示」「寓意《ぐうい》」の類と解している。もちろんこの解説は、必しも誤っているわけではない。だが極《きわ》めて浅薄であり、少しも象徴芸術の本質に触れていない。そして一層|滑稽《こっけい》なのは、象徴を以て曖昧《あいまい》朦朧とさえ解釈している。(実に仏蘭西の象徴派がそうであった。)かかる見当ちがいの妄見《もうけん》や、皮相な上ッつらの辞書的俗解を一掃して、吾人は此処に「象徴そのもの」の本質観を、だれにも解りよく、判然明白に解説しようと考えている。
2
「認識する」ということは、「意味を掴《つか》む」ということである。そして意味には「感情の意味」と「知性の意味」の二つがあり、芸術の世界に於て相対していることは前に述べた。しかしその何《いず》れにせよ、認識することなしに芸術は有り得ない。なぜなら芸術は表現であり、そして表現は観照なしに有り得ないから。
では認識するということ、即ち「意味を掴む」ということは、一体どういうことなのだろうか? これについて答えることは、カントの認識論に譲っておこう。要するに意味の世界は、人間の先験的主観による、理性の範疇《はんちゅう》によって創造されるものである。しかしながら認識の様式には、二つの異った方法がある。一は部分について見る仕方で、一は全体について見る仕方である。哲学上に於ては、この前者を抽象的認識と言い、後者を直感的認識と称している。だが芸術家の住む直感的観照の世界に於ても、また本質に於てこれと同じ二つの異った認識の様式があるのである。例えば、小説家の観照は前者に属し、詩人の直感は後者に属する。以下この認識様式の相違について、少しく説明を試みよう。
自然主義の教えた美学は、世界をその有るがままの姿に於て、物理的没主観の写実をせよと言う。かかる写実主義の愚劣であり、啓蒙《けいもう》としての外に意味がないことは、前にも既に説いたけれども、尚《なお》も
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