於ける態度の上から観察すれば、あらゆる一切の表現は、所詮《しょせん》して二つの様式にしかすぎないのである。即ちその一は「描写」であって、美術や小説がこれに属する。描写とは、物の「真実の像《すがた》」を写そうとする表現であり、対象への観照を主眼とするところの、知性の意味の表現である。然るに或る他の芸術、例えば音楽や、詩歌《しいか》や、舞踊等は、物の「真実の像」を写そうとするのでなく、主として感情の意味を語ろうとする表現である故に、前のものとは根本的に差別される。この表現は「描写」でない。それは感情の意味を表象するのであるから、約言して言えば「情象」である。
かく一切の表現は、二つの様式に分類される。「描写」とそして「情象」である。実にすべての芸術は――それが純芸術である限り――二つの何《いず》れかに属している。あらゆる芸術は「描写する」か、でなければ「情象する」かの一であり、それ以外に表現はない。もし有るとすれば、それは両者の混同であり、二つの中間に居る表現である。即ち例えば、バレー(劇的舞踊)の如き、メロドラマの如きそうである。これ等のものは、一方に於て美術のように描写しつつ、一方に於て音楽のように情象している。即ちそこには「知性の意味」と「感情の意味」とが混合している。けれども大体に於て見れば、バレーやメロドラマのようなものは、主として感情本位であり、情象する方の芸術に属している。これに対して純粋の写実劇等は事実の意味を語ろうとする描写である。次にこの両派の対象を表に示そう。
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┌情象[#「情象」は太字]―音楽・詩・舞踊・歌劇
表現┤
└描写[#「描写」は太字]―美術・小説・科白劇・写実劇
[#ここで字下げ終わり]
此処《ここ》に至って吾人は、前章に預けておいた宿題を、再び改めて提出しよう。詩とは何だろうか? 詩の表現に於ける定義は如何《いかん》? 詩は音楽と同じく、実に情象する[#「情象する」に丸傍点]芸術である。詩には「描写」ということは全くない。たとい外界の風物を書く時でも、やはり主観の気分に訴え、感情の意味として「情象」するのだ。即ち表現についてこれを言えば、詩とは主観に於ける意味を、言語の節《ふし》や、アクセントや、語感や、語情やの中に融《と》かして、具体的に表象しようとする芸術である。故に詩を特色する決定の条件は、必ずしも形式韻律の有無でなく、又自由律の有無でもなく、実にその表現が、本質に於て「情象」であるか否かにかかっている。もし実に情象であるならば、言語は必然に「感情の意味」で使用され、語韻や語調や語感やの、あらゆる情的要素を具備するが故に、その表現は、必然にまた、音律的、韻文的の特色をもち、かつ語感や語情の点に於ても、十分の詩的ニュアンスをもつようになるであろう。
それ故に「詩」と「詩でないもの」との区別は、本質に於てそれが情象であるかないかという、一の根本的な決定にかかっている。この点さえはっきり[#「はっきり」に傍点]掴《つか》めば、他の一切の形式は問題でなく、ウソの詩と本当の詩、詩と詩でないものとの判定が、文学の第一原理として解ってしまう。そこで詩の正しい定義は、それが文学としての情象表現であると言うことに帰結する。即ち命題すれば、詩とは情象する文学である[#「詩とは情象する文学である」に丸傍点]。そして実にこの定義が、詩の形式する一切を言い尽している。すくなくともこの点では、もはや議論は終結した。故に上来述べ来《きた》った、他のより[#「より」に傍点]皮相見の――しかしながら一般的に信じられている――別の二種の詩の定義と、この最後に提出された新定義とを、左に並列して書いてみよう。
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A、詩とは形式韻文である。
B、詩とは音律を本位とする文学である。
C、詩とは情象する文学である。
[#ここで字下げ終わり]
三種の中で、何れが果して真であるかは、読者の比較と判断に任すのみだ。しかし注意しておきたいのは、この中でAが最も狭義であり、Bがやや広く、Cが最も広義であるということである。詳説すれば、Aの中にはBもCも包括されない故に、諸君にしてもしAを選べば、自由詩や散文詩やは、勿論《もちろん》「詩」の仲間に這入《はい》れなくなる。然るにBはより[#「より」に傍点]広義である故に、この中には定律詩も自由詩も、共に両方を包括され得るだろう。しかしながら近来の或る特殊の詩、例えば未来派等の或る者に見る*絵画風な詩は、やはり「詩」の範疇《はんちゅう》の外に逐《お》い出される。なぜならばこの種の者には、音律が殆《ほと》んどなく、かつそれを本位にしていないからだ。ただ最後に、第三のCを定義する限り、すべて一切の新しい詩が、残らず皆完全に包括されることができるの
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