の詩にあっては、言語が概念として使用されず、主観的なる気分や情調の中に融けて、それ自ら「感情の意味」を語っていることである。これに反して似而非の詩は、言語が没情感なる概念として、純に「知性の意味」で使用されてる。(ニイチェの哲学詩と他の学術の哲学とを、この点に於て比較してみよ。)
されば詩的表現の特色は、要するに言語が「知性の意味」で使用されず、主として「感情の意味」で訴えられているということの、根本の原理に尽されている。詩が音律を必要とする所以《ゆえん》のものも、畢竟《ひっきょう》この原理に存するので、決して韻律のために韻律の形式を求めるのでない。ただ自然の結果として、それが「韻文的なもの」に成るというにすぎないのだ。要するところは音律が、言語としての最も強い感情を出し得る故に、それが詩の形式を決定して、常に第一義的なものと考えられてる。しかし音律以外の要素に於ても、言語は「感情の意味」を語り得る。即ち今言う通り、語義を概念として使用しないで、主観の感情に融かすことから、語感に於ける気分や情調を表現し得る。そして近代に於ける多くの詩(象徴派、写象派、未来派等)が、特にこの点を重要視することは、人の知っている通りである。
それ故に詩の表現形式は、単に音律ばかりでなく、音律以外の言語的要素(語感、語情)と相待って、始めて完全することを知るであろう。そしてかく考えれば、詩に於ける音律性が、単にその重要なる一部にすぎず、必ずしも全般でない事が理解される。実に具体的なる詩と言うべきものは、音律や語感やの感情要素が、複雑なる有機的関係によって結合されたものであり、個々にその要素の一々を、抽象しては思考されないものである。故に詩の形式を定義するべく、実には何と言って好いだろうか。詩とは辞書が意味する通りの、形式的な韻文であると言おうか。否。もちろん否である。では韻文という語を広義に解して、自由詩や無韻詩をも包括し得る、本質上の韻文であると断定しようか。これ殆《ほとん》ど当っている。けれども尚、未だ十分に達していない。なぜならば前言う通り、世には音律あって詩的精神のない文学があり、そしてこの種のものは、自由律に於てさえも絶無を保証し得ないからだ。
詩の形式とは何ぞや? 実に残された問題は、この命題への解答である。どこかそこには、一言にして万事を言い尽し得るような、詩的表現の全般に行き届いた、真の判然明白なる答案があるように、有るべき筈《はず》だと感じられる。そしてこの解答が、もし完全にできるならば、その時始めて吾人は、真に詩的表現の何物たるかを、まちがい[#「まちがい」に傍点]なく正確に、かつ完全に知り得たのである。さらに進んで、徹底的に考を進めて行こう。
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* 最近の世界詩壇は著るしく散文的《プロゼック》になり、唯物論的になり、機械観的になり、科学的にさえも傾向している。これ表面には、詩の散文的没落を意味する如く思われるが、実には何の心配もないのである。なぜならこうしたものは、すべて詩の題材に属していて、詩の本質的精神に関係していないからだ。換言すれば、それらの唯物界や機械界やは、詩人によって新しく発見された詩美であって、趣味としての選択に属している。然るに趣味(即ち芸術の題材)は、詩の本質的精神とは関係なく、時代によって常に流動変化するものである。即ちプロゼックなものは流行であって、本質に於けるものは不易である故、詩は永久にその精神を没落しない。芭蕉《ばしょう》はこの真理を言明するため、有名な「不易流行」の標語を作った。詩人は不易流行でなければいけない。(ついでながら言っておくが、近頃我が文壇で言われるマルクス的文学論が、芸術に於ける流行性と不易性とを、認識の蒙昧《もうまい》から錯覚している。芸術の不易性は個人主義で、流行だけが社会主義になるのである。)
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第三章 描写と情象
人間の発想の様式は、原則として三種しかない。「記述」と「説明」と、そして「表現」である。記述とは或る事柄を述べるもので、学術では歴史がこれを代表している。説明は弁証や解義に関するもので、一般の抽象的論文、及び多くの哲学科学がこれに属する。故《ゆえ》に記述と説明とは、共に広義の学術に属するもので、芸術に属するものでない。芸術に属するものは、最後の表現あるのみである。もちろん広い意味での芸術――例えば文学的評論等――には、記述や説明に類するものが混じているが、すくなくとも純粋の意味で言われる芸術品(創作)には、まったくそうした要素がない。芸術は常に表現の様式で発想される。
そこで表現の形式には、音楽があり、美術があり、舞踊があり、演劇があり、文学があり、実に種々雑多であるけれども、これを本質に
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