存するのである。故に質問のかかるところは、詩的が何物であるかと言うのでなくして、物を詩的に感ずる態度[#「詩的に感ずる態度」に丸傍点]が、何であるかと言う点にかかってくる。そもそもこの特殊の態度、即ち詩的感動の態度が何だろうか。詩的精神の本体は主観であるから、詩的感動の本質は、それ自ら「主観的態度」に外ならない。換言すれば、主観的態度によって見たるすべてのものは、それ自ら詩的であって、詩の内容たり得るものである。
では、主観的態度とは何だろうか? それが何であるかは、既に前に幾度か説明した。即ち主観的態度とは、事物を客観によって認識しないで、主観の中に融和させ、感情の智慧《ちえ》で見ることである。尚《なお》詳しく言えば、物について物を見ないで、主観の感情によって認識し、心情《ハート》の感激や情緒に融《と》かして、存在の意味を知る[#「意味を知る」に丸傍点]ことである。あらゆるすべての詩人たちは、皆この主観的態度によって宇宙を見ている。故に詩人の見る宇宙は、常に必ず詩的な意味をもつ宇宙であって、それ自身が直ちに詩の内容になってくるのだ。然るに素質的な詩人でない人々は、こうした主観的態度でなく、他の客観によって事物を見るから、たとい形式に於て韻律の規約を蹈み、或は和歌や俳句の格調を借用しても、真の文学的な批判に於て詩と言い得ないものしか出来ない。
これによって吾人は、真に本質的に詩であるものと、形式のみの見かけの詩とを、判然として区別し得る。例えば、前の例に於て、ソクラテスの韻文やアリストテレスの韻文やは、真に心情《ハート》から感動して、彼等がそれを書いたのでなく、純粋に客観的な態度に於て、認識を認識とし理智を理智として書いたのである。これに対してニイチェのツァラトストラは、哲学が主観の中に取り込まれ、認識が感情によって融かされている。故に後者は本質の詩であって、前者は形式だけの似而非《えせ》詩である。しかしながらその場合にも、もしソクラテスが真にイソップ物語に感激し、それを主観の感情によって書いたならば、それは単に形式の韻文であるのみでなく、本質においても真の叙事詩で有り得たろう。アリストテレスの場合も同様であり、哲学が主観によって書かれたならば、ニイチェのそれと同じで有り得た。
前にあげた他の例、即ち鉄道唱歌や、地理諳記唱歌や、和歌俳句の形式による古来の処世訓、道徳訓の類も同じである。これ等の文学に於ける作家は、始めから何の主観的感動なしに、純に事実のために事実を書き、教訓のために教訓を教えている。しかしながら作者が、こうした客観の態度でなく、もし自ら真に感動して、或る道徳や処世上の観念にまで、主観に於ける心情《ハート》の意味を直感したら、その表現はすくなくとも本質上の詩に属する。故に例えば孔子や耶蘇《ヤソ》の道徳訓には、時にしばしば本質上での詩と見るべき文字がある。これに反して或る小説家等の作る俳句が、技巧と着想の妙を尽し、観照の至境に入っているにかかわらず、何かしら物不足で、詩としての霊魂がないように思われるのは、認識の態度が純粋に客観的で、対象について対象を観照し、これを主観の心情《ハート》に融解することがないからである。(「詩と小説」参照)
以上述べたことによって、読者は似而非の詩と本物の詩、借用の韻文と実際の韻文とを、大体誤りなく判断することができるであろう。要するに真の詩は、「詩的の内容」が「詩的の形式」に映ったもので、この内容のない韻文は、実体なき欺瞞《ぎまん》の幻影にすぎないのである。けれども吾人は、作者に於ける主観的態度の有無――即ち詩的内容の有無――を、どうして実際の作物から判断することができるだろう? すべての芸術は、ただ表現を通してのみ理解し得る。吾人は表現の背後に住んでる、作者の心理や態度については、全く推察することができないのである。そして表現に現われたるすべてのものは、必然に何等かの形式を意味している。故に真の詩と似而非の詩との区別も、やはり表現の上に於て、何等かの形式で見る外はない。
だがしかしこの問題は、数学の最も複雑な微分法を以てしても、到底計算できないところの、言語の微妙にして有機的な関係に属している。この点で言えば、芸術の意味はただ直感によって知られるのみだ。何故に或る詩は本物として感じられ、或る韻文は非詩として感じられるかということは、実に言語の語意や音韻に於ける組み合せの、複雑微妙なる関係にかかっている。そしてどんな人間の理性も、決してそれを計算し得ない。(もしそれの計算ができたら、人間は頭脳で名詩を創作し得る。)だがしかしこの場合にも、大体に於ける原則だけは、一般の作品を通じて普遍的に、まちがい[#「まちがい」に傍点]なく断定できる。即ち真に感情で書いたところの、実の本物
前へ
次へ
全84ページ中43ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
萩原 朔太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング