き、数量の上の計算でない。この場合の「大体」は、法則の背後にある根本の大原理を指すのである。即ち自由詩の原理は「法則なき法則」に存するので、普通の意味の律格的形式とは、全然性質の異ったもの、それを以て律することのできないものである。尚次の註解を見よ。
** 「韻律なき韻律」という類の言語は、賓辞が主辞を否定することに於て、別の新しき定義を暗示しようとするのである。例えば「道徳なき道徳」という場合に、賓辞の道徳が意味するものは、過去の所謂道徳と全くちがった、別の新しい道徳を意味している。そしてこの新しき道徳Aによって、前の道徳Aを否定するから、「AはAに非ず」というこの矛盾命題が成立する。「韻律なき韻律」の場合もそうであって、賓辞の意味する韻律は、過去の言語が意味する所謂韻律や韻文とは、全く別種のものを指しているのだ。

 韻律という言語は、一定の規則正しき反復をもったところの、時間上の進行を意味している。例えば時計のチクタク、心臓の鼓動、海洋の波浪等であって、元来、規則正しきものを指すのであるから、自由詩にリズムの無い事は始めから解っている。否むしろ自由詩はかかる形式主義に反対し、リズムを破壊することに主張を持っている。この形式主義と自由主義との主張については後に公平な批判を以て見ようと思う。
[#ここで字下げ終わり]


     第二章 詩と非詩との識域


 前章に述べた通り、詩とは音律本位の文学であり、自由詩をも、定律詩をも、共に包括し得る意味の韻文――本質観としての韻文――である。しかしながらそうだとすれば、此処《ここ》にまた新しい疑問が起ってくる。もし単に詩の特色が、それだけの点にあるとすれば、いやしくも音律を以て本位とし、節づけられて歌われたすべてのものは、文学である限りに於て、必然に皆詩と言わねばならないだろう。然るに世の中には、実際そうでないものがある。例えばソクラテスが獄中で書いたイソップ物語の韻文訳や、アリストテレスが書いた韻文の論理学やは、形式上に於て確かに音律本位であり、文字通りの正しい韻文であるけれども、吾人《ごじん》はこれを詩と呼ぶべく躊躇《ちゅうちょ》する。またかの鉄道唱歌とか、地理の諳誦《あんしょう》のためにされた新体詩とか、道徳や処世の教訓にされる和歌の類とかも、同様に形式上のみの韻文であって、実質上から詩というべく適切でない。これ等の文学は、単に「詩の形式を借りた」ところの、別種の者に属する如く思われる。
 それ故《ゆえ》に詩の形式は、外部から借用されたものでなくして、内部から生み出されたところの、必然のものでなければならない。換言すれば詩とは、詩的な内容が詩的の形式を取ったもの[#「詩的な内容が詩的の形式を取ったもの」に丸傍点]でなければならない。では「詩的な内容」とは何だろうか。何がそもそも詩的であり、何が詩的でないだろうか? この問に答える前に、吾人は世俗の誤見に対して、逆に反駁《はんばく》しておかねばならぬ。なぜなら通俗の見解は、しばしば詩人を以て花鳥風月の徒と解し、吾人を一種の風流扱いにするからだ。実に我々詩人の心外に堪えないことは、今日の文壇や雑誌社すらが、詩の何物たるかを全く知らず、吾人に嘱するに自然の風物吟詠や、四季の変化に際する美文的随筆の類を以てすることである。かつて我々の昔の詩人は、好んでかかる風流閑雅の趣味を愛し、自然の詠吟を事としていた。だが今日の時代に於ける僕等の詩人が、いつまで同じことを繰返す義務がどこにあるか。そもそも世間は、あまりに日本人的なる、あまりに俳諧《はいかい》的なる「詩人」の観念から、いつまでたったら僕等を解放してくれるのか。
 さて「詩的なもの」は何だろうか? これについてはずっと前に、既に他の章で一言しておいた。即ち何が詩的であるかは、全く個人の趣味によって決定する。そこで昔の日本詩人は、季節の変化や自然の風物を詩的と感じた。だが今日の詩人たちは、社会や人生の多方面から、無限に変った詩的のものを発見している。例えば或る社会的な詩人たちは酒場や、淫売窟《いんばいくつ》や、銀行や、工場や、機械や、ギロチンや、軍隊や、暴動やから、彼等の詩的な興奮を経験して、そこに新しい詩材を求めている。そして他のより[#「より」に傍点]瞑想《めいそう》的な詩人たちは、人生や宇宙の意義について特殊な詩的なものを哲学的に観念している。
 されば詩的の本質は、個人の側にあって物の側に存しない。もし見る人が見るならば、宇宙に於ける一切の事物や現象やは、悉《ことごと》く皆詩的なものに感じられそうでないものは一も無かろう。実に詩人の為《な》すべきことは、人の無趣味とし、殺風景とし、俗悪とし、*プロゼックとするものに就いてさえ、新しき詩美を発見し、詩の世界を豊當にして行くことに
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