も一方から観察すれば、彼等ほどにも詩を冒涜《ぼうとく》し、詩を理解しない種属はないのだ。故に正義は、彼等に対して価値を教え、より高き内容に於けるところの、真の芸術的な詩を教えてやることに存するのだ。我々の教育は、民衆からそのセンチメンタリズムを殺すのでなく、逆にそれを高く活《い》かして、より程度の高い山頂に導くのだ。
 故にこの点の結論で、吾人は全くロマン・ローランと一致する。ロマン・ローランによれば芸術の健全な発育は、常に民衆によってのみ、民衆的な精神によってのみ、建設されねばならないというのである。この思想は正しく、真理の立派なものを有している。特に就中《なかんずく》、日本の国情に於て適切している。なぜなら現時の日本に於て、真に詩的精神を有する者は、ひとりただ民衆あるのみだから、そのあらゆる稚気と俗臭にかかわらず、民衆は常に健全であり、芸術の正しき道を理解している。彼等は指導によって善くなるだろう。然るに日本の文学者等は、素質的に何物も持っていない。単に詩ばかりでなく、芸術的良心すらも持っていない。そして日本の文壇と思潮界は、このノンセンス等によって支配されている。救いがたい哉《かな》! 吾人はむしろ彼等を捨て、民衆の群に行かねばならぬ。民衆のみが、実に新しき日本の文学と文明を創造するのだ。
 かく結論してくれば、吾人もまた一個の民衆主義者になってしまう。だが誤解する勿《なか》れ、著者は民衆に諂《へつ》らうところの民衆主義者でなく、逆に彼等を罵倒《ばとう》し、軽蔑するところの民衆主義者だ。なぜなら民衆は、彼等を甘やかすことによって益々《ますます》堕落し、鞭撻《べんたつ》することによって向上してくるからだ。吾人が今日の社会に望むものは、民衆と同じ側に立って演説する人――彼等はあまりに多すぎる――でなくして、むしろ彼等に対抗し、反対の側に立っていながら、しかも根柢《こんてい》の足場に於て、民衆と同じ詩的精神の線上に立っているところの、一の毅然《きぜん》たる風貌《ふうぼう》を有する人物である。

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* 最近、日本に現れた「大衆文学」というものは、どんな芸術的主張をもつのか解らないが、とにかく現文壇への解毒剤《げどくざい》として、一つの公開さるべき処方である。医師は救いがたい病気に対して、時に毒薬をすら調合する。
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   形式論



     第一章 韻文と散文


 詩とは「詩的精神」が「詩の表現」を取ったものであることを、本書の始めに於て述べておいた。詩的精神は内容に属し、詩の表現は形式に属している。ところで詩的精神の何物たるかは、以上既に説き尽した。以下|吾人《ごじん》は、主として詩の表現形式について考えよう。
 しかしながら芸術に於ける内容と形式とは、一枚の板の裏と表、人物とその映像、実体と投影のようなものであって、一方の裏を返せば一方が出、一方が動けば他方も動き、相互に不離必合の関係になっている故《ゆえ》、既に詩の内容について学んだ読者は、これが映像さるべき詩の形式が、およそ大体に於てどんなものかを、説明以前に推察することができるだろう。しかしとにかく、説明を続けなければならない。
 第一に言うべきことは、言語はすべて関係であり、比較に於てのみ、実の意味をもつということである。故に絶対の意味で差別さるべき、詩と詩でないものとの関係は、決して事実上に有り得ない。ただ抽象上の概念としてのみ、吾人はかかるものを考え得る。そこで今、広く事実について見れば、殆《ほとん》ど大抵の文芸は、広義にみな「詩」と呼ぶことができるだろう。なぜなら前に説いたように、何等か本質に詩的精神のない文学というものは、事実上には殆ど有り得ず、そしてこの内容がある以上には、必ずその映像した形式――詩的表現そのもの――がある筈《はず》だから。しかしながら吾人は、比較の関係に於てのみ、言語の使用を許されている。以下言う意味の「詩」という言語は、他のより[#「より」に傍点]詩でない表現に対するところの、比較の純粋なるものを指すのである。
 さて詩の有り得べき、実の形式はどうだろうか。換言すれば、詩が真に詩であるためには、どんな言語の表現を持つべきだろうか。言うまでもなく詩の形式は、詩的精神それ自体の投影したものでなければならぬ。然るに詩的精神とは、それ自ら主観的精神を指すのであるから、他の文学との比較に於て、主観の最も純粋に、かつ高調されたものの投影が、それ自ら必然に「詩の形式」を取るであろう。しかしながら吾人は、もっと具体的な思考によって、形式の説明をせねばならない。
 第一に明白なのは、詩が文学であり、言語の文字的表現であるということである。故に音楽や舞蹈の類は、精神に於ていかに詩的であっても
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