、それは「詩」の言語に属しない。言語の正しい意味に於ける詩は、常に文学としての詩を指示する。他はすべて「詩的なもの」にすぎないのだ。故に詩について考える時、必然に言語の表現性について、考を進めねばならなくなる。そこで言語は、二つの発想的要素を持っている。一つは用を弁じ、事実を語り、事柄の意味を知らせるところの要素、即ち語義――もしくは語意――であって、これが言語に於ける実体的の要素であるが、他にも尚《なお》、言語は別の要素を持っている。即ち談話にはずみ[#「はずみ」に傍点]をつけ、思想に勇気や情趣を与えるところのもの、即ち所謂《いわゆる》語韻、語調である。この二つの要素の中、前の者は言語の「知的な意味」を語り、後の者はその「情的な意味」を語る。但しこの後のものはそれ自体としては独立し得ず、常に前の意味と結びついてのみ存在するが、詩は本来情的な主観芸術である故に、特にこの点が重要視され、表現の必須《ひっす》なものとして条件される。
 此処《ここ》でまた繰返して言うことは、主観芸術の典型が音楽であり、客観芸術の代表が美術であるということである。故に詩はいつも音楽のように歌い[#「歌い」に傍点]、小説は常に絵画のように描写[#「描写」に傍点]する。そして実に東西古今、詩が音楽を規範とし、音律を以て形式とする所以《ゆえん》が此処にある。即ち所謂「韻文」「散文」の差別であって、詩が他の文学と異なる所以は、ひとえにその韻文の形式にあると思惟《しい》されている。しかしながら元来言えば、詩が音楽に学ぶところは、その精神にあって形式にない。換言すれば、詩は音楽のように歌い、音楽のように魅力することを欲するけれども、必ずしも音楽が具備する楽典の法則を、そのまま襲用する必要はない。なぜならば詩は文学であり、言語を用いる表現である故に、自《おのず》から音楽と異なる独自のものが、別に特色さるべき筈である。
 然るに所謂「韻文」と称するものは、音楽の楽典に於ける拍節の形式を、そのまま言語に直訳したようなものであって、極《きわ》めて定規的なる形式主義のものである。故に吾人は、かかる形式的韻律の有無を以て、詩と非詩とを判然区別しようとする如き、一部の人々等の意見に賛成できない。もちろんかかる思想は、詩という形式に関聯《かんれん》して、長く一般に伝統されている。だが伝統的な思想が常に必ずしも真理とは言えないだろう。況《いわ》んや今日に於ては、現に自由詩と称する如き無韻の詩が一般に詩として肯定されている事態であるから、吾人の最も遠慮がちな意見に於ても、それが詩の絶対的条件でないことを断言し得る。
 けれども始めに言う通り、詩は本来感情の文学である故に、言語のスピリットたる音律なしには勿論《もちろん》真の表現は有り得ない。そして音律がある以上には、自然に音楽の法則するところの、何等かの黙約的一致が無ければならない。詳説すれば、楽典的形式に於ける符合でなくして、楽典の背後にある音楽の根本原理――音の関係に於ける美の根本法則――と、或る本質的なる、*大体に於ける一致[#「大体に於ける一致」に丸傍点]があるべき筈だ。なぜならば言語の語調や語韻やも、それが「音」として響く限りは、必然に音楽の本質的原理に属するから。そこで「韻文」という言語を、形式定規の窮屈な意味に解しないで、大体として根本の音楽原理に適《かな》っているところの――したがって耳に美しい響を感じさせるところの――一種の節《ふし》をもった文章と解するならば、その場合にこそ、一切の詩は皆韻文であり、また必然に韻文でなければならないと言い得るだろう。
 しかしこうなってくると、問題はまた困難に紛乱してくる。なぜならばその意味での韻文は、あえて独《ひと》り詩ばかりでなく、散文にも同様に言い得るからだ。文学はすべて言語の「綴《つづ》り方」であり、そして綴り方のあるところには必然に文章の調子があり、節がありアクセントがあり、はずみ[#「はずみ」に傍点]がある。そしてこの点では、小説も論文も皆同じである。どんな文学でも、言語の音調を持たないものや、それを全く無視した文章は有りはしない。そしてこれらの散文に於ける音律は、何等一定の拍節形式を持たないところの、しかも根本に於ては音楽の原理に適っている――でなければ美しく聴《きこ》える筈がない――ところの、真の自由律の形式である。
 故に韻文という言語を、前に言ったような広義の意味で、ルーズに漠然と解する限りは、一切の散文が皆その概念に包括され、言語が全くノンセンスになってしまう。実に今の詩壇に於ける認識不足は、「韻文」「散文」の言語に対して、一も人々が定義を持っていないという事である。即ち本書の巻頭「詩とは何ぞや」で言ったように、かかる言語に対する解釈が、人によって皆異なり、認
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