思想やは、単に詩に類似するもの、詩的なもの[#「詩的なもの」に白丸傍点]と言うにすぎないのだ。次章はさらに進んで、文学及び芸術に現われた「詩的のもの」を考えよう。
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「無道徳」と「反道徳」とを区別せよ。無道徳というのは、全然倫理的観念の外におり、善悪の何《いず》れにも没交渉なものを言う。これに対して反道徳は、愛他主義と個人主義とに於ける如く、同じ一つの倫理線の上で、反対に向き合ってるものを言う。故に反道徳と道徳(通俗的道義観念)とは、同一線上で絶えず衝突するけれども、無道徳は別の並行線に属しており、全然倫理的問題とは没交渉で、どこにも交切する機縁がない。
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第十一章 芸術に於ける詩の概観
芸術以外のものに於ける、詩的精神の概観は既に述べた。次に吾人《ごじん》は、特に芸術について考えよう。芸術の世界に於て、どこに「詩的なもの」があるだろうか? だが、最初に言っておくのは、この質問が芸術自体の部門に属して、他との関係に属してないということである。もし他との関係で言うならば、芸術はすべて――どんな芸術でも――本質上に於ての詩に属している。なぜなら芸術の意義は美であるのに、美はそれ自ら「感情の意味」であって、純粋に主観上のものに属するから、しばしば或る芸術は、科学の如き客観を標語している。だがこの意味の「科学の如く」が、一種の修辞上の比喩《ひゆ》であって、文字通りの正解でないことは解りきってる。芸術はどんなものでも、決して科学のように没情味・没主観のものではないのだ。
故《ゆえ》に科学に比して言う時、芸術それ自体が「詩」の観念で称呼される。そして「詩人」と言う言葉の広い意味が、人生に対しては芸術家一般を指しているのである。けだし芸術は、人生に於ける最も主観的なものであり、最も「詩的なもの」の一つであるからだ。しかしながら言語は、常に関係に於てのみ意味を持ってる。吾人が此処《ここ》に問おうとするのは、芸術と他との関係でなく、芸術それ自体の部門に於て、どこに比較上の詩があるかと言うことである。
考察を進めて行こう。どこに芸術中の詩があるだろうか。最初に解りきっているのは、詩という言語が本源している実の文学、即ち叙事詩や抒情詩《じょじょうし》等のものである。だがこの解りきったものを除外して、他の別の形式による表現から、詩的精神の高いものを探《さが》してみよう。第一に先《ま》ず、何よりも音楽が考えられる。音楽はすべて――西洋の音楽でも日本の音楽でも――本質的に主観芸術の典型に属している。音楽ほどにも、感情の意味を強く訴え、詩を感じさせる表現はないであろう。この意味で音楽は、詩以上の詩、詩の中での詩と言うことができる。
然るに人々は、しばしば音楽の中に於ける、或る特殊な音楽を指して「詩」と言ってる。たとえばショパンや、ベートーベンや、ドビッシーやは、常に一般から詩人音楽家と呼ばれている。そしてハイドンや、バッハや、ヘンデルやは、そう呼ばれていないのである。何故だろうか? けだし前に他の章で述べた如く、音楽の部門に於ても、それぞれまた主観派と客観派との対立があり、そしてショパン等は前者に属し、バッハ等は後者に属しているからだ。「詩」という言語は、常にあらゆる関係の比較に於て、主観的のものにのみ属するのである。(「音楽と美術」参照)
しかし吾人は、この章に於て特に文学のことを考えよう。なぜなら詩の形式は、本来文学に属しており、小説や戯曲と密接な関係を有するから。さて文学――詩以外の文学――に於て、どこに詩的な表現があるだろうか。
第一に考えられるのは、ポオの小説や、メーテルリンクの戯曲やである。一般に言われる如く、これ等は「散文学としての詩」であって、小説や戯曲の形に於ける、詩的精神の最も高いものを表現している。吾人はポオの『アッシュル館の没落』や、メーテルリンクの『タンタージルの死』を読む時に、小説や戯曲を読むというよりは、むしろ全くの純粋の詩を読んでいるような感がする。すくなくともこれ等の文の本質は、詩の持っている第一義感の精神と共通している。そして詩に於ける第一義感の精神が、宇宙の実在性に触れようとするメタフィジックの宗教感であること――それ故に宗教が詩的精神の最高部であること――は、前章に於て既に説いた。(前章参照)
かく宗教観に情操するものを、芸術上で普通に「象徴」と言ってる。この象徴に関する別の解義は、後に他の章で詳説するが、とにかくポオやメーテルリンクは、これによって象徴派と呼ばれている。そこでこれ等の象徴派につぎ、詩的精神の最も高調された文学は、人の知る如く浪漫派や人道派の文学である。実にゲーテや、ユーゴーや、ジューマや、トルストイや、ドストイエフスキイ
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