ェ、トルストイ等の詩学的人生評論の類が、みなこれに類している。
しかし哲学という言語の、さらに一層本質的に拡大された範囲に於ては、すべてイデヤを有する主観、及び主観的表現の一切を包括する。即ち例えば、これによって「芭蕉《ばしょう》の哲学」とか「ワグネルの哲学」とか「*浮世絵の哲学」とか言われ、さらに或る芸術や文学やが、哲学を有するか否か等が批判される。この意味でいわれる哲学とは、哲学的精神に於ける究極のもの、即ち「主観性」について言われるのである。故に「哲学がない」と言うことは、主観性の掲げるイデヤがない、即ち本質上の詩がないという意味である。かのゲーテが「詩人は哲学を持たねばならぬ」と言ったのも、勿論《もちろん》この意味を指すのであろう。
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* 浮世絵の哲学は或る頽廃《たいはい》的なる官能の世界に没落し、それと情死しようとするニヒリスティックなエロチシズムで、歌麿《うたまろ》や春信《はるのぶ》が最もよく代表している。
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最後に、詩的精神の最も遠い極地に於て、科学の没主観な太陽が輝やいている。明白に、だれも知っている如く、科学は主観的精神を排斥し、一切「感情の意味」を殺してしまう。故に科学にかかっては、道徳も宗教も型なしであり、知性の冷酷の眼で批判される。実に科学は、人生から「詩」を抹殺《まっさつ》することにのみ、その意地あしき本務を持ってるように思われる。しかもこの科学的精神が、宇宙の不思議に対する詩的驚異と、未知の超現実を探《さぐ》ろうとする詩感に出発していることは、何という奇妙な矛盾だろう。けだし科学は、詩的精神の最も大胆な反語であって、その否定するところのものから、逆に他の「夢」を創ろうとするのである。故に科学のあるところには、常に飛行機があり、磁力があり、ラジオがあり、電信があり、不断の新しき発明と夢とがある。もし科学が無かったら、人生はいかに退屈にして変化がなく、夢のない単調のものになるであろう。そしてかく考えれば、科学こそは「詩の中の詩」であるとも逆説される。
かく一般について観察すると、宗教も、道徳も、科学も、人生の価値に於けるあらゆるものが、本質に於て皆「詩」であり、詩的精神の所在として考えられる。実にこの本質上の意味に於て、詩は人生の「価値一般」であり、あらゆる文明が出発し、基調するところの実体である。すくなくとも詩的精神の基調なくして、人間生活の意義は感じられない。それは生活をして生活たらしめ、人間をして人間たらしめ、真や善や美やの高貴に心を向わせるところの、実のヒューマニチイ(人間良心)の本源である。然《しか》り――、詩的精神の本質は実にヒューマニチイである[#「詩的精神の本質は実にヒューマニチイである」に丸傍点]。
しかしながら吾人は、言語の使用について注意しよう。詩という言語を拡大して、こんな風にまで広茫《こうぼう》とひろげて行ったら、遂に詩の外延は無限に達し、内容のない空無の中でノンセンスとして消滅せねばならないだろう。言語はすべて比較であり、他との関係に於てのみ意味をもつから、詩という言語が正しく言われる範囲に於て、他との関係を切ってしまおう。換言すれば我々は、他のより[#「より」に丸傍点]客観的なるものに対してより[#「より」に丸傍点]主観的なるものを指摘し、その狭い範囲でのみ、詩という言語を限定しよう。すくなくとも第一に、先ず科学を詩の範囲から逐《お》い出してしまおう。次に或る種の哲学――デカルトやヘーゲル――を拒絶しよう。なぜならこれ等のものは、詩というべくあまりに乾燥無味であって、知性の意味が勝ちすぎているから。
では学術のどの辺から、詩の範囲に入り得るだろうか。これについての限定は、一般に多数の定見が一致している。常識に準ずるのが無難であろう。その世間の定評では、プラトンや、ブルノーや、ニイチェや、ショーペンハウエルや、老子や、荘子や、ベルグソンやが、一般に詩人哲学者と呼ばれている。なぜなら彼等の思想は主観的で、他の学究のように純理的思弁をせず、意味が情趣のある気分によって語られているから、先ずこれ等の思想家は、定評のある如く詩人に属する。そして同時に、詩という言語の拡大され得る広い範囲も、この辺の思想や学術で切っておこう。これより先に延びて行くことは、詩という言語を空無の中に無くしてしまう。
そこで吾人は、先ず詩の円周する外輪を描き得たわけだ。次にはこれを内に向って、円の中心点を求めてみよう。どこに詩の中心点があるだろうか? 考えるまでもない。この中心点こそ即ち文壇の所謂「詩」で、吾人の抒情詩や叙事詩を指すのだ。故に詩という言語を中心的に考えれば、真に詩というべきは吾人の所謂詩(叙事詩や抒情詩)であって、他のすべての文学や
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