と云ふ樣な捨て鉢な事は云つた事がなかつた。
「どうしたの。默つて。」
 みのるは自分の身體をゆら/\と搖らつかせながら、其の動搖のあほりを義男の肩に打つ衝けては笑つた。
「僕は今日不快な事があるんだ。」
 義男は暖爐の前に脊を屈めながら斯う云つた。
「なんなの。」
 義男の言葉は欝した調子を交ぜてゐたのに反して、みのるの返事は何處までも紅の付いた色氣を持つて浮いてゐた。
「××にね。僕の作の評が出てゐたんだ。」
「なんだつて。」
「陳腐で今頃こんなものを持ち出す氣が知れないつて云ふのだ。」
 みのるは聲を出して笑つた。
「仕方がないわね。」
「仕方がない?」
 義男は塲所も思はずに大きい聲を出してみのるの顏を睨んだ。みのるは默つて後を振返つたが、人のゐない室には斜《はす》に見渡したみのるの眼に食卓の白いきれが靡《なび》いて見えたばかりであつた。そうして、それ/″\に食卓の上に位置を守つてゐる玻璃器にうつつた灯の光りが、みのるの今何か考へてゐる心の奧に潜かに意を寄せてゐる微笑の影のやうにみのるに見えた。みのるは顏を眞正面《まとも》に返すと一人で又笑つた。
「君も然う思つてるんだね。」

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