然うだわ。」
 義男の腫れぼつたい瞼を一層縮まらした眼と、みのるの薄い瞼をぴんと張つた眼とが長い間見合つてゐた。
 みのるはその作を原稿で讀んだ時、
「おもしろいわ。結構だわ。」
と云つて義男の手に返したのであつた。義男が自分の仕事に自分だけの價値を感じてるだけ、みのるも相應に自分の仕事に心を寄せてゐるものと思つてゐた。それが急に冷淡な調子で、世間の侮蔑とその心の中を鳴り合せてゐる樣な餘所餘所《よそよそ》しい態度を、みのるが見せたといふ事が義男には思ひがけなかつた。經濟の苦しみに對する義男への輕薄な女の侮蔑が、こんなところにもその迸《ほとば》しりを見せたものとしきや義男には解されなかつた。
「君は隨分同情のない事を云ふ人だね。」
 しばらくして斯う云つた義男の眼は眞つ赤になつてゐた。給仕が持つて來た皿のものをみのるは身體を返して受取りながら何にも云はなかつた。

       三

「君はそんなに僕を下らない人間だと思つてゐるんだね。」
 二人は停車塲から出ると、眞つ闇な坂を何か云ひ合ひながら歩いてゐた。硝子に雨の雫を傳はらしてゐる街燈の灯はまるで暗い人間の隅つこに泣きそべつてゐる二人
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