男に呼ばれて暖爐の前に肩を突き合せながら手をあぶつた。みのるはこんな時義男がいぢけきつて、自分の貧しさをどん底の零落において情なく眺める癖のある事を知つてゐた。義男がからつぽの樣な瞼を皺つかして、頬の肉にだらりとした曲線を描きながらぼんやりと暖爐の火を見詰めてゐる義男の身體を、みのるは自分の肩でわざと押し轉がす樣に突いた。さうして義男の顏を横に見ながら、
「見つともない風をするもんぢやないわ。」
と云つて笑つた。義男は自分の見窄《みすぼ》らしさをからかつてゐる樣な女の態度に反感を持つて默つてゐた。こんな塲合にも自分だけは見窄らしい風はしまいといふ樣に白粉くさい張り氣を作つて、自分の情緒を燕脂《えんじ》のやうに彩らせやうとしてゐる女の心持がいやであつた。義男はふと、みのると一所になる前まで僅かの間同棲して暮らした商賣上りのある女の事を思ひだした。その女は毎晩男の爲めに酌の相手こそはしたけれども、貧しい時には同じ樣に二人の上を悲しんで、そうして仕事に疲れた義男を殆んど自分の涙で拭つてくれるやうな優しみを持つてゐた。浮いた稼業をしてゐた女だけども、みのるの樣に直きと、
「何うにかなるわ。」

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