。さうしてその作の中からいゝと思つた所を拾ひ出して賞めた。
みのるにはこの文學士のどこか藝術趣味の多い言葉に醉はされながら聞いてゐた。さうしてこゝにも自分に運を與へたといふ樣な顏をする人が一人居ると思つた。
今噂した有野といふ文學士が丁度來合せた。その人は痩せた膝を窄《すぼ》める樣に小さく坐つて、片手で顏を擦りながら物を云ひ/\した。
「けれどもね。けれどもね。」といふ口癖があつた。その「ね」といふ響きと、だん/″\に顏の底から笑ひを染《し》み出させて來る樣な表情とに、人を惹きつける可愛らしさがあつた。
みのるはこの中にゐて、久し振りに自分の感情が華やかに踊つてゐる樣な氣がした。簑村と有野は、各自《てんで》に頭の中で考へてゐる事を、とんちんかん[#「とんちんかん」に傍点]に口先で話し合つては、又自分の勝手な話題の方へ相手を引つ張つてゆかうとしてゐた。みのるはその兩人《ふたり》が一人合點の話を打突《ぶつつ》け合つてゐるのを聞いてゐると面白かつた。
その内に簑村の夫人が歸つて來た。昔の女形《をんながた》にあるやうな堅い感じの美しい人であつた。又其所へ若い露國人が來てこの夫人に踊りの
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