するものは義男ではなくなつた。みのるを支配するものは初めてみのる自身の力によつてきた。よく義男の憎んだみのるの高慢は、この頃になつて義男からは見えないところに隱されてしまつた。さうしてその隱された場所でみのるの高慢は一層強く働いてゐた。
「僕のお蔭と云つてもいゝんだ。僕が無理にも勸めなければ。」
 かういふ義男の言葉を、みのるはこの頃になつて意地の惡るい微笑で受けるやうになつた。義男の鞭打つた女の仕事は義男の望む金といふものになつて報ゐられた。そこから受ける男の恩義はない筈だつた。又新しく自分は自分で途を開かねばならないといふみのるの新しい努力に就いては、男はもう何も與へるものを持つてゐなかつた。
 少しづゝ義男の心に女の態度が染み込んでいつた。男を心から切り放して自分だけせつせとある段階を上つて行かうとする女の後姿を、義男は時々眺めた。あの弱い女がかうしてだん/\強くなつてゆく――その捩ぢ切つた樣に強くなつた一とつの動機は矢つ張り發表された例の仕事の結果だとしきや思はれなかつた。然うして自覺の強みを與へたものは矢つ張り自分だと思つた。
 けれども義男は何も云はなかつた。みのるの爲た仕
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