は又だん/\に後退《あとずさ》りして行つた。義男がさも幸運の手に二人が胴上げでもされてる樣な喜びを見せつけてゐる事にも不足があつた。二人の頭上に突然に落ちたものは幸運ではなくつて、唯二人の縁をもう一度繋がせる爲めの運命の神のいたづらばかりであつた。二人の生活はもう直ぐに今までの通りをくり返さなければならないに定まつてゐた。
みのるははつきりと「何うかしなければならない。」と云ふ事を考へた。もう一度出直さなければならないと考へた。空間を衝く自分の力をもつと強くしなければならないと考へた。みのるの權威のない仕事は何所にも響きを打たなかつたけれども、その一端が風の吹きまわしで世間に形を表しかけたと云ふ事が、みのるの心を初めて激しく世間的に搖ぶつた功果[#「功果」に「ママ」の注記]のあつたのはほんとうであつた。
その後みのるは神經的に勉強を初めた。今まで兎もすると眠りかけさうになつたその目がはつきりと開いてきた。それと同時に義男といふものは自分の心からまるで遠くなつていつた。義男を相手にしない時が多くなつた。義男が何を云つても自分は自分で彼方《あつち》を向いてる時が多くなつた。みのるを支配
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