してみのるに面會してくれた。「あれは確に藝術品になつてゐます。いゝ作です。」
 その人は痩せた顏を俯向かしながら腕組みをして然う云つた。みのるの出した短篇の原稿もこの人は「拜見しておく。」と云つて受取つた。
 その人は女の書くものは枝葉が多くていけないと云つた。根を掘る事を知らないと云つた。それが女の作の缺點だと云つた。みのるは然うした言葉を繰り返しながら歸つて來た。さうして逢つてる間にその人の口から出た多くの學術的な言葉を一とつ/\何時までも噛んでゐた。

       十四

「あの仕事にはちつとも權威がない。」
 みのるは直きに斯う云ふことを感じ初めた。片手に握つてしまへば切《き》れ端《はじ》も現はれない樣な百圓札の十枚ばかりは直ぐに消えてしまつた。けれどもそんな小さな金ばかりの問題ではない筈であつた。
 義男に強ひられて出來た仕事の結果は、思ひがけない幸福をこの家庭に注《つ》ぎ入れたけれども、そのみのるの仕事には少しも權威はなかつた。社會的の權威がなかつた。仕事の上の權威から云つたらまだ一面から誹笑を受けた演劇の方に、熱い血が通つた樣な印象があるとみのるは思つた。
 みのるの心
前へ 次へ
全84ページ中76ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田村 俊子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング