の師匠もゐた。その人の點の少なかつた爲に、みのるの仕事は危ふく崩れさうな形になつてゐた。義男は口を極めて向島の師匠を呪つたりした。さうして却つてこの人に捨てられた事を義男はみのるの爲めに祝福した。他に二人の選者がゐた。その人たちはみのるの作を高點にしておいた。義男はこの人たちを尋ねることをみのるに勸めた。一人は現代の小説のある大家であつた。この人は病氣で自宅にはゐなかつた。一人は早稻田大學の講師をしてゐる人で、現代の文壇に權威をもつた評論家であつた。みのるはその人を訪ねた。義男はみのるが出て行く時に、みのるが甞て作して大事に仕舞つておいた短篇をその人の手許へ持つて行く樣に云ひ付けた。その人の手から發行されてる今の文壇の勢力を持つた雜誌に、掲載して貰ふ樣に頼んで來た方がいゝと云ふのであつた。
みのるは義男の云ひ付けを守つてその短篇を持つて出て行つた。今までのみのるなら、こんな塲合には小さくとも自分の權識といふ事を感じて、初對面の人の許へ突然に自作を突き付けるといふやうな事は爲ないに違ひなかつた。けれどもみのるの心はふと痲痺してゐた。
みのるが訪ねた時、丁度其人は家にゐた。然《さう》う
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